中編

□信じる心が揺れるとき(完結)
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 あたしってバカみたいだ……。


「あかねー?……って、いるんじゃねーか」
「……」
「おいおいっ、おかえりもナシかよ?」
「……」

何を言えばいいのか……。
“おかえり”と、言ってもいいの……?

「なんだよ?どうし……って、あ?この雑誌?」
「……なびきお姉ちゃんが……」
「あ、やっぱり明日発売のか!どれどれ?」
「!?」

躊躇なく手を伸ばし、その雑誌を持つ乱馬にぎょっとした。

だって……やっぱり、ってことは、内容を知ってるわけよね!?
だとしたらどうして……あたしの前で、そんな平然と……。

ぺらぺら、とページをめくる乱馬の手から目が離せなかった。

どうしてそんなに普通でいられるの?
どうしてあたしに何も言わないの?
どうして……。

「……ふーん、結構いい写り方してるじゃねえか。うまいな、このカメラマン」
「なっ!!」
「ん?どうした?」

そ、それが……。

「それが……あんたの、答えなの……?」
「は?答え?」

あたしの質問にも動じることなく、しっかりと視線を合わせる乱馬。
その目に……動揺は、ない……。

「……あたしより、その人を選ぶの……?」
「……はあ?」
「あたしよりっ、家族よりっ!その人を選ぶって言うの!?」
「おっ、おい……?」

否定することもなく、怒るわけでもなく、ただ困っているだけの乱馬。
……まるで……。

「……高校時代みたい、ね……?」
「な、なにが!?」
「あんたがよっ!!!」
「は!?!?」

目を大きく広げ、あたしを凝視する乱馬に……あたしの言葉は止まらなかった……。

「そうやって色んな女の子に追いかけられて!色んな子とデートして!まんざらでもないんでしょう!?」
「ちょっ……」
「あたしがどんな気持ちでいるかも知らないで!あたしがどんなに……っ」
「……あかね?」
「どんなにあんたを……愛しているかも、知らないで……っ」
「!!!」

ハッと息を飲む乱馬。
驚いた顔で、そしてかすかに赤くなりながら……。

「お前、まさか……」
「……わかってるわ……」
「……なにを?」
「……あたしに飽きた、そういうことよね……?」
「お前……」
「はっきり言いなさいよっ!でもあたし、絶対に別れないから!」
「っ!」
「絶対……絶対に、乱馬は誰にも渡さないわ……!!」
「…………ぷっ……くっくっく……」
「!?」

な……なに……!?
なんでそこで笑えるのよ……!?

「おいおい、この中身、確認してないのかよ?」
「見たくないわよ!あんたの横にあたしじゃない女(ヒト)がいるなんて!」
「だからっ、ちゃんと見てみろよ。な?」
「いやよ!絶対見ないわ!!」
「ちょっとだけでも見ろって」
「いや!いやよ!!!」






「どうしたの?」





「あ、蒼依……」
「ようっ!ただいまっ」
「お父さん!お帰りなさい!」

お風呂上りの蒼依が、乱馬に飛びついた……。
乱馬はあたしのなのに……っ!!

「あれ?なにこれ?」
「ああ、それな……」

蒼依が乱馬の持つ雑誌に気付き、すぐさま取り上げた。
そしてあたし同様、見出しを見て硬直……。

「……お父さん!!!不倫!?不倫なの!?」
「いや、だから……」
「不潔だわっ!!」
「おいおいっ」
「どこの女よ!?お父さんをモノにしようなんて盗人猛々しい!!このあたしが懲らしめてやるわ!!」
「……」

諦めたような表情の乱馬をよそに、蒼依が荒々しく雑誌を開いた。

そして……。

「……え……これ?」
「ああ、わかるだろ?」
「やだっ!!!すっごい美人じゃない!!!」
「……お前なあ……」
「なによ!?お父さんはそう思わないの!?」
「いや、美人だよ。将来はミス日本だな!」
「でしょー!?」

な、な、な……っ!?

「あ、蒼依……」
「え?どうしたの、お母さん?」
「……あなた、それでいいの……?」
「え???」

あたしよりその人をとるの……!?
娘の蒼依までが……。

「……うそ、でしょ……?」
「お母さん?」
「そう……そうよね、蒼依は昔からお父さんっ子だったものね……」
「どうしたのよ?なにかあったの?」
「……っ……」

どうして……二人とも、そんなに平然としていられるの……!?

「お母さんな、中身を見てないらしいんだよ」
「ええええ!?!?」

蒼依が驚いたような顔であたしを見た。

「ちょっとお母さん!見なきゃダメよ!」
「いやよっ!」
「大丈夫だから!」
「なにが!?どうしてそんなこと言えるのよ!?」
「だ、だからっ…………うん、わかった」
「!?」

スーハー、と深呼吸をし、蒼依がため息をつく。
あたしはそんな蒼依の言葉を待った……。

「お父さんと一緒にいたいわけよね?」
「そ、そりゃ……」
「他の女に渡すつもりはないんでしょ?」
「……」
「だったらちゃんと見なきゃ。ちゃんと相手を見て、確認して」
「……」
「戦う相手を知れば攻略方法がわかる、そう教えてくれたのはお父さんとお母さんよ」
「それは……」
「ちゃんと見て。ね?」
「……」

格闘と愛情は違うわ……。
ましてやあたし達は夫婦……ただの恋じゃない、家族愛だって……。

そう言いたくても、言えなかった。

だって蒼依は知ってる。
あたしが、乱馬が、この家庭をどれほど大切にしてきたのか……。
あたし達がお互いをどれほど想っているか……。

その蒼依が、あたしと乱馬を別れさせるようなことをするはずがない……と、信じたかった……。



……蒼依があたしに差し出す雑誌を見つめた。
蒼依の後ろでは乱馬があたしの様子をうかがっている……。

「……乱馬は、渡さないわ……」
「……はい」

深呼吸をひとつ。
あたしは蒼依から雑誌を受け取った……。

ペラペラ、とページがめくれる音が響く。
目的のページに辿り着くまでに時間はかからなかった……。

「……こ、これ……」
「美人でしょ?」
「……」

大きく載せられた写真には、乱馬……の腕にぶら下がるように絡みつく、長髪の女の子……。
楽しげに笑う乱馬、そして顔が分からないようにモザイクがかかった女の子。
モザイクで顔が分からなくても、あたしはその女の子の姿に見覚えがあった……。




「……これ……蒼依!?!?」




「やっと見たか」
「ほんと、お母さんってば早とちりなんだから」
「そう言う蒼依だっておれのこと“不潔”って言ったじゃねえか……」
「だって不倫だと思ったんだもん!」
「あかねの顔は公表してるけど、蒼依の顔は公表してないから……ま、単なる誤解だよな」
「この写真、モザイクないのが欲しいなー」
「おお、じゃあ出版社に聞いてみるわ」
「やった!」


不倫相手は、蒼依……。


痛みをこらえていた心臓が急に静まり、全力で全身を流れていた血が次第にゆっくりと速度を落としていく……。
あたしはその場にヘタりこんでしまった……。

そんなあたしの目の前に乱馬がしゃがみこむ。

「おれがお前を裏切るわけねえだろ?」
「……うん」
「もう早とちりするなよ?」
「……うん」
「おれが帰ってきたときには……ちゃんと、言ってくれよな……」
「……あ、お、おかえりなさい……」
「おうっ、ただいま!」

ニカッ!と歯を見せて笑う乱馬に、思わず涙が溢れてくる……。

乱馬はあたしを裏切らない、ちゃんと……あたしを、想ってくれているんだ……。

「ま、いいこと聞けたから今回はなびきに感謝だなっ」
「え?」
「おれを誰にも渡したくないんだろ?おれって愛されてるよなーっ」
「な……っ!!」

あ、あたし!?なに言っちゃってるの!?
気が高ぶってたからってちょっと……っ!!

「ちょ、ちょっと……っ」
「お母さん、なに焦ってるの?あ、お父さん、お風呂空いたわよ」
「おお、サンキューなっ。おれ、風呂入ってくるわ」
「はーい」
「蒼依は早く寝ろよー。もう遅いぞ」
「わかったわ、おやすみなさい」
「おう、おやすみー」

蒼依が居間から出て行くと、乱馬があたしの耳元でそっと囁いた。




「今夜は……おれがどれだけお前を愛してるか、一晩かけて教えてやるよ……」




乱馬は知らない。
あたしが乱馬の声にすら……もう、溺れきっていることを……。


1週間ぶりの乱馬との逢瀬を待ち遠しく思いながら、あたしは寝室へと急いだ……。




…完…
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