中編

□長き春のそのあとに(完結)
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【R side】


「あんのバカが……」

間違うわけねえだろーがっ。
どうしたらあかねと肉まん……っちゅーより、人間と食いモン間違うんだっ!?
そこまでおれは飢えてねえっ!!

……いや逆ならあり得る……。
最近、食いモンにゃそこまで飢えてねえけど……あかねになら飢えてるからなぁ、おれ……。

……って、まぁそれを差し引いても、さっきのおれのはナイか?
肉まんなんつったら、そりゃあかねだって怒るっての。
わかっちゃいたんだけど……。

どうも、キスのあとの空気をどうしたらいいのかわからなかった、というか……。
だってなんて言ったらいいのか全然見当もつかなかったんだぜ!?
自分からしたとはいえ、すげえ恥ずかしかったんだからな!
……なんて、言い訳にもならねえよな……。

……さて、どうやって取り繕えばいいか……。

ドタドタと大きく足音を立てて部屋を出て行ったあかね。
ありゃ、かなり怒ってるな、うん。
なんて冷静に判断出来てしまう辺り、おれたちは相当“なあなあ”な関係になってしまっているんだと思う。
いい具合に働けば、阿吽の呼吸になる。
……けど、今回のはあまり良くもない。

でも…………柔らかかったなぁ…………。
ふわふわしてて、ふるふるしてて、どこか甘くて……。

怒らせちまった、のはいつものことだけど。
すんなり謝ったって、今回ばかりは聞いてもくれないかもしれない。
でも正直……もう一度したくてたまんねえ……。





「あかね」
「なによ!?」
「んな、いきなり喧嘩腰かよっ?」
「誰のせいよ、誰の!?」
「……」

……俺のせいだけど。

やっぱり思った通り、自室に戻ってダンベル体操していたあかね。
なんでおれに対して怒った時は必ずダンベル持ち出すんだろうな。

「あー……その、なんちゅーか……」
「乱馬のばかっ!出てってよ!」
「出てけったって、何の用もないのに来たわけじゃ」
「どうせまた覚えてないくせに!あんたなんか一生肉まんとくっついていればいいんだわ!」
「あっ、あのなぁっ!」
「なによ!?」
「い、いやその……」

なに、と言われても……なんて言やいいんだ!?
自慢じゃないがおれは怒ったあかねにゃ弱いんだよっ!

「お、覚えてないわけじゃ……」
「じゃあなに!?ほんとにあたしが肉まんみたいだったってこと!?失礼にも程があるわ!」
「うっ……」

いっ、いやいや、そうじゃないんだ、けど……。
ああああもうっ!ほんとになんて言ったらいいんだよ!?

「そっそうじゃなくてだな、おれも、その、きっ緊張してっ」
「はあ!?」
「だっ、だから!緊張してなに言ったらいいのかわからなくて!」
「だからって言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
「そ………っそりゃ、そう、なんだけど、よ……」
「もう出てってよ!あんたなんかもう知らない!」
「ちょ……っ!」

いやいやいや!
ここで出てったらダメだろ!?
ダメだよな!?

グイグイとおれの背中を押すあかねが、少しだけ泣きそうな目をしてる……ように見えるのは気のせいじゃない。
だからおれはグッと力づくであかねの方に向き直った。

「な……なによ……」
「……おれは……」
「……」
「酔ってねえっ」
「……は?」

ってーーーー違うだろ!

「だっ、だから!酔ってねえから!」
「だから?」
「だからっ!だからさっきのは……間違いでもないし、覚えてるし、にっ肉まんなんて言っちまったのは……てっ……照れ隠し、で……」
「……照れ隠しで女の子に肉まんなんて言うわけ?」
「しょっしょーがねえだろ!?どうしたらいいのかわからなかったんだよっ!」
「……」
「……あかね?」

あ、あれ?
黙っちまった……。
おれ、またなんか間違えた!?

「……信じられないわよ……」
「……へ?」
「信じられないのよ、あんたの言ってること」
「おいっ!おれがなんのためにここに来たと……っ」
「だって信じられないもの!今までのあんたの態度考えたら、言葉なんて何も信じられないわよっ!」
「ちったー信じろよっ!」
「言葉なんて……っ」
「だったらどうすりゃいいんだよ!?」

わかんねえっ!
女なんて、さっぱりわかんねえよっ!

って………………え?

あかねの手が、おれの服をつまんで……。

「こっ、言葉じゃわからない、から……だから……」
「え……」

耳まで真っ赤で。
俺の服の裾をつかんだ手が小さく震えていて。
うつむいてるから表情はわからない、けど……。

「あかね?」
「……」

も、もしかして……。

小さく震える手に、そっと触れてみる。
すると……。
きゅ、とおれの手に細い指が絡んだ。
これって……。

「……も、もう一度……いい、か……?」
「……」

さらりとした髪が揺れる。
小さく頷いたあかねの頬に手をやり、そっとあかねを上向かせた。

「……っ……!」

潤んだ目がおれを見上げる。
少しだけ開いた唇が……おれを待っているように、見えた……。







【A side】

言葉なんかじゃわからない、とは言ったけど。
本当はそうじゃない。
あたしを追いかけて乱馬が来たのはわかっていた。
照れ隠しなんじゃないか、と実は期待もしていた。
だから……乱馬が照れ隠しだと言ったとき、本当はすごく嬉しくて。
でもやっぱり肉まんなんて言われたことは良い気はしなくて。

期待と。
本能と。

色々なドキドキの中、どうやって乱馬に求めたらいいか分からずに、ちょっとだけ拗ねてみたの。
あたし、相当挙動不審だったんじゃないかと思う。

でも……乱馬は応えてくれた。
あたしの望むものをくれた。

そっと、まるで壊れものを扱うように抱きしめられて。
ゆっくりと重ねられた唇が温かくて……あたしは、じっと目を閉じてその感覚に浸っていた……。




……だから忘れていたの。
あの宴会の中、唯一自分を保っていた(らしい)なびきお姉ちゃんのこと。



コンコン、というノック音が響いた、のは勘違い。
響いてなんかいない。
だってドアは閉まっていなかったから。

「お盛んねえ、あんたたち」
「なっ、なびきっ!」
「お姉ちゃん!?」
「ドアくらい閉めなさいよ」

ギョッとした乱馬は(あたしもだけど)固まってしまって抱き合ったまま。

「乱馬くん、酔っちゃったわけ?」
「あのなあっ」

はっ!そうだわ!
乱馬ってば酔っ払ってるのよね!?
え、もしかして酔った勢い!?

「おいっ!勘違いすんなよ!」
「え?」
「そりゃ確かに多少酔ってるけど!勢いづいたけど!別に嘘じゃないからな!」
「え、う、うん……」

そ、そんな必死に言い訳しなくても……。

「ふーん」
「なっ、なんだよ!?」
「乱馬くんが飲んだの、本当にリンゴジュースだったんだけど」
「え……」
「酔った気分になっちゃった?」
「……」

……ん?え?
そもそも酔ってなかった、ってこと?
でもいつもの乱馬はあんな風になることないのに……。

「乱馬くん、流されやすいのね……」
「お姉ちゃん?」
「あたしが言ったのよ。酔っ払っちゃえば関係進ませられるんじゃないか、って。だからきっと酔ったつもりになっちゃって押せたのねー」
「なっなびき!余計なこと言うなよっ!」
「いやー乱馬くんがあかねとの関係を進ませられなくて悩んでるみたいだったから。ちょっとしたアドバイスのつもりだったんだけど……思った以上に単純だったわね、乱馬くん」
「あのなっ!」
「アドバイス料は分割でいいわよ」
「払わねえよ、この守銭奴!」
「あら?未来の義姉にそんなこと言っていいのかしら?」
「うっ……」
「まいどありー。じゃ、続きをどうぞ。あ、ドアはちゃんと閉めなさいね」

バタン、と言うだけ言ってお姉ちゃんは去って行った。

「や、やられた……」

ガクリ、と膝をつく乱馬に、あたしはあえて言ってみた。

「後悔してるの?」

その途端、プイとそっぽを向いて乱馬が言った。





「後悔なんざしてねえよ!」





あたし、その言葉は信じてあげる。
……なあんて、絶対に言ってあげないんだから、ねっ?
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