短編

□甘い香り
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【A side】

「ねえ、あかね」
「なによ、おねえちゃん?」

バレー部の助っ人で早朝練習に行った乱馬。
だから今朝はなびきお姉ちゃんと登校してるわけだけど……。

どうやらあたしは昨日、ジュースだと言われてお酒を飲んでしまったみたいで。
……ひどい頭痛がする。
ちゃんと授業聞いていられるかしら?とズキズキする頭で必死に考えていると、お姉ちゃんがにっこりと笑ってあたしを見た。

「ちゅー、したい……?」
「……はあ?」

……お姉ちゃんまでお酒飲んだのかしら……。

「……そんなこと聞いて何が楽しいのよ?」
「あらー、心外ね?あかねが自分で言ったんじゃない」
「言ってないわよ、そんなこと」
「言ったわよー、昨日」
「……ああ、お酒飲んでたときに?全然覚えてないわ……。お姉ちゃんにそんなこと言ったのね、あたし。何考えてたのかしら?」
「……ひどいっ!覚えてないのね!?」
「確かに覚えてないけど……お姉ちゃん、そんなこと本気にしてたわけじゃないんでしょう?軽く流してよ」
「……ひどいわ、あかねっ!」
「あっ!お姉ちゃんっ!」

突然走り始めたお姉ちゃん。
しばらく走ってから、呆然と立ちすくむあたしに向かって言った。



「乱馬くんがかわいそうよーーーっ!!」



「……はあ?」

再び走り始めたお姉ちゃんを追うことも出来ず、あたしはお姉ちゃんの言葉の意味を一生懸命に考えた。
かわいそうって……なんで乱馬が?
関係ないじゃない。
だってお姉ちゃんに言ったんでしょ?

……………………。

……………………お姉ちゃんに、言った?

ちょっと待って。
『あたし』が『お姉ちゃん』に『ちゅーしたい?』って言った?

ううん、お姉ちゃんはそんな風に言ってない。
……言ってないわ。

ってことは?あたし、誰に言ったの?




待って。
すごくいやな予感がする。
まさか……まさかまさかっ!?

まさか、乱馬に……っ!?!?




「どっ、どうしよう……」

結局今日は乱馬と目を合わせることもできず、帰りもワタワタと一人で急いで帰ってきてしまった。
だ、だって……どういう顔したらいいの!?
幸い今日も乱馬は助っ人で帰りは遅いはず……夕飯には間に合わないはずよねっ。
だったらとりあえず今日はもう顔を合わせずに済む……。

うん、乱馬のことだもの。
明日になったらきっと忘れてるわ!

夕食を食べ、何か言いたそうななびきお姉ちゃんを横目にすぐに部屋に戻る。
帰ってきたときにシャワーを浴びたから、今日はこのまま宿題やって寝ちゃおう!









【R side】

「あー……ちっくしょー……」

風呂で一人、ぶつぶつと呟く。
昨日のあかねのあのセリフからずっと、どうも気持ちが落ち着かない。
あんな顔であんなこと言われて……あーやっぱやっときゃよかったぜ。
どうもあかねはすっかり忘れちまってるみたいだし。
あれ?そういや今日はあかねと話してねえ気がするな?
ま、いっか。
うっかりおかしなこと言いそうだしな、俺。

がしがしと頭を拭きながら部屋に向かう……途中でなびきに呼び止められた。

「んだよ?」
「あかねが呼んでたわよ。部屋にいるわ」
「ふーん?なんの用だ?」
「そんなの私が知るわけないでしょ」
「そりゃそっか」

なんだかなー。
出来れば落ち着くまであんまりあかねと顔合わせたくねえんだけど……。

よしっ。
落ち着けよ、俺!
余計なこと言わないように気をつけて、っと……。



コンコンッ。

「あかね?」

返事がない。
部屋にいるって言わなかったか?

そっとドアを開けて部屋をのぞく。
……暗い。

「……寝てんのか?」

おいおい、まだ9時だぜ?
子供じゃないんだから、こんな時間から寝てるってどうなんだよ?

ベッドに寄って見ると、規則正しく上下しているのが分かる。
やっぱりぐっすりと眠ってるようだ。

「おーい、呼びつけといて寝てるってどうなんだよ?って……ん?」

ちょっ……ちょっと待てよ?
俺に用事があるって言ってたんだよな?
で……ベッドの中で待ってるうちに寝ちまった……ってことか?



ベッドで……俺を待ってた……?



いやいやいやいやいやいやっ!!
ままっまさかなっ!?
あかねに限ってまさかそんなっ!?

……マジ?



ドキドキと逸る心臓を押さえながら、そろそろとあかねの頬を撫でた。

うっわ……すべすべ……。
なんでこんな柔らかいんだ?

そのまま指を唇へと滑らせる。
ぷにぷにとした唇が、俺の指に反応するように微笑んだように見えた。



ちゅー……してえよ、そりゃ……。



あかねがいいんならさ、俺はいつだって気持ちは決まってるわけで。
触れたいとか、抱きしめたいとか、キスしたいとか……。
正直、あかねに直接言えねえような事まで考えていたりもする。
だから昨日みたいなことは俺の頭ん中じゃどんどん膨らんじまって、ほんとにヤバいんだ。

寝たばかりだからか、そんなにひどくもない寝相。
すっかり寝入った安心したような顔。
半開きの……唇。

「起きないと……キス、すんぞ?」
「……ん……」

むにむにと動く唇。
……かわいーな……。

「……あかね?」
「……」
「……ほんとにすんぞ?」
「……」

……やべえ……止まらない、かもしんねー……。

いけないとは思いつつも、自分の身体があかねに寄っていくのが分かった。
ふっくらした頬に触れ、思わず唇を寄せる……。
柔らかな頬にゆっくりとキスをして……。

その柔らかな感触に、ハッとして体を離した。

俺、なにした!?

「……ん……?」
「あかね!?」

まさか、今ので起きちまったのか!?
殴られる!?

「乱馬……え?ど、どうしたの……?」
「どうって……え?」

暗い中で上半身だけ起こして俺の目を見るあかねに、何をどう言おうか頭ん中がぐるぐると回る。
とりあえず……キスしたのはバレてない、のか!?

「えーと、いや、うん……だから……」
「?」

そっ、そうだ!

「なびきにっ!聞いて……」
「何を?」
「なにって……お前が呼んだんだろ?」
「呼んだって、乱馬を?知らないわよ」
「はあ!?」

なんっじゃそりゃ!?
じゃあなんでなびきは……。

そこまで考えて俺は悪寒を感じた。
顔を引きつらせながら振り向く、と……。


「な……っなびき!!」
「あら、今頃気が付いたの?」

入り口の壁に寄りかかってこっちを見ているなびき……。

「お姉ちゃん?どういうこと?」
「あかね、寝てたの?」
「え?うん、まあ」
「よかったわねー乱馬くん?」
「なっななななななな……っ!」

いつからいたんだ!?
どこから見ていたんだ!?
なんで気配に気がつけなかったんだ、俺!?

……なびきも道場の娘、ってことか……?

って!んなこたーどうでもいいっ!

「それにしたって、こんだけお膳立てしてあげたって言うのに……ドアは開けっ放しだし。それに、ほっぺだけとは情けないわね、乱馬くん?」
「ほっぺ?」
「いいいいいいいいやいやいやいやっ!なびき、てめえっ!」

きょとんとしているあかねと、うろたえて大声あげることしか出来ない俺……。
さぞかしなびきは楽しいことだろう。

「お姉ちゃん、なんなのよ一体?」
「あとは乱馬くんに聞きなさいねー。面白いこと聞けるかもよ?」
「は?」
「なびきっ!」

おやすみーとクスクス笑いながらなびきが隣の部屋へ入っていった。
思わずばたんとドアを閉める。
これ以上見られて堪るかっ!

「……乱馬」
「ははっ、はいっ!」

静かなあかねの声に、背を向けたままで答えた。
ど、どうするどうする!?どうしたらいいんだ!?

「お姉ちゃんが言ってたのって……なに?」
「何……なに、かな?あ、あはははは……」
「笑えてないわよ、声が」
「……」

どうしたらいいもんか、必死に脳みそを働かせる。
が!どうにもこうにも……どうやってもこの場を逃れる術を見つけられねえっ!

「ね、乱馬?」
「!?」

いつの間にか真後ろで俺の袖を引っ張る。
情けないことに俺は固まったままで。

「……ほっぺ、って……?」
「ぃいっ!?それは、その……あ、あのな!?」
「うん?」

ちらりとあかねを見ると、これまた可愛く首を傾げていて……。
さっき触れた頬の柔らかさが唇によみがえる。

「あの……お、怒るなよ……?」
「あたしが怒るようなこと、したの?」
「うっ……わ、わかんねえ、けど……」
「じゃあ言ってよ。気になるじゃない」

くりっとした目で見上げられて、心臓がバクバクと激しい音を立て始める。
もういっかい、してーな……。

そんなことを思いながらさっき触れた部分に指を添えた。
途端にボッと赤くなるあかねの顔。

「え……?」
「さっき……ココに」
「ココ、に?」
「……キス、した」
「……え……え!?」
「ごっ、ごめん……」
「……あたし、覚えてない……」
「あ、いやっ、寝てたのは分かってたんだけど……その、つい……なんとなく、さ」
「……なんとなく?」
「あ、その……え、あっあかね!?」

突然ぼろぼろと涙がこぼすあかねに、俺は焦った。

「ごめんっごめんっ!俺、こんなつもりじゃなくて……こんなこと、するつもりじゃ……」
「ばかっ!ばかばかばかばかっ!サイッテー!女ったらし!あんたなんか……あんたなんか、大っ嫌い!」
「っ!!」

ドンッ!と突き飛ばされて、俺は壁に背を打った。
俺の前であかねが胸を押さえて膝をつき、泣きじゃくっているのが見える。

「誰でも良かったんでしょ!?誰でも……あたしじゃ、なくても……っ」
「なっ!?ちが……俺はっ!」
「いつだって……いつだってはっきりしないじゃない!お芝居でだってキスなんてしなかったくせに!」
「あっ、あれはっだって……」
「なんとなくってなによっ!あたし……あたしばっかり……あたしばっかり好きでっ!」
「……へ……?」
「あ……」

なっ……何!?なんだって!?

「……あかね?」

恐る恐る、あかねの顔を覗き込んだ。
その瞬間、俺の目に飛び込んできたあかねの顔は……。
切なくて、悲しそうで、でも恥ずかしそうで……。

「……出てって」
「……いやだ」
「出てってよ!出………………っ!?」

腕の中。
かすかに震えるあかねがいた。

「んな顔してんのに、出て行けねえよ」
「……はっ離して……」
「離さねえ」
「……誰だっていいくせにっ!」
「なんでそうなるんだよ?」
「なんとなく、なんでしょう!?こんなこと、あたしとなんかしたくなかったんでしょう!?誰だって……っ」
「お前だからだよっ!」
「え……」

きゅ、と俺の服を掴み、見上げるあかね。
戸惑った表情がたまらなく愛しくて、俺は額を合わせた。

「あかねだから……つい、我慢できなくなった……」
「ウソ……」
「じゃねえよ」

怒っていたはずのその顔に、少しずつ違う赤みがさしてくる。
涙に濡れた大きな目に、俺がうつる。

「ら、んま……?」
「……もっかい、言ってくんねえか?」
「え?」
「昨日の……覚えてるか?」
「きっ……お、覚えてない……けど……」
「けど?」
「なびきお姉ちゃんに、今朝……」
「なびき!?」

あいつっ!昨日も見てたのかよ!?

「こえーな、なびき……」
「う、ん……」
「で?」
「う……」

真っ赤な顔で潤んだ目で俺を見る。
困ったような顔が……たまんねえっ!

「あの……あの、ね?」
「おう」



「……ちゅー、したい……?」



ズキューン!と心臓打ち抜かれたような衝撃。

「……してえ……」

そ、っと……唇を寄せた。
きゅっと目を瞑ったあかねが愛しくて大切で……優しくしたくて……。

「……ん……」

さっきの頬とはまた違う、ふるふるの唇。
……やらけー……。

離し難くて何度も何度もその唇に触れる。
腕の中で硬くなってたあかね、だんだん力が抜けてきて……ふにゃりとしたあたたかい身体が腕の中に収まった。

「……好き、だ……」
「え……?ん……」

ずっと欲しかった。
あかねのこと、ずっとこうしたかった。

あかねを抱きしめる夢なんて、数え切れないほど見た。
けど…実際のあかねは思っていたよりもずっと小さくて、細くて。
……あたたかくて。

「……あかね?」

水の感触を感じて目を開けると、あかねが静かに泣いていた。
あかねの涙が俺の顔を伝う。

「……いや、だったか……?」
「ちっちが……やじゃ、ない……」
「そ、そっか?」

涙を指ですくい取る。
あかねがうっとりしたように目を閉じた。
その瞑った目に軽くキスを落とす。
吐息ともとれる声が俺の耳に届いた……。

「……嬉しい……」
「ん?」
「乱馬がこうしてくれるの、ずっと……待ってた、から……」
「!!」

俺と、同じ……?
そう思ったら俺はすげえ幸せな気持ちになって。
でも、もっと早くにちゃんとしておけばよかった、なんて後悔もあって。

……もしかしたら、随分待たせていたのかもしれない。
いつ見限られてもおかしくなかったのかもしれない。
それでも……あかねは待っていてくれたのか……。

ゆっくりとあかねの頭をなでる。
俺に身体を預けきったあかねの唇が欲しくて欲しくてどうしようもなくて、もう一度口付けた。

「これからは、もっと……こうする、から……」
「……うん」
「大切に、する」
「……うん」

腕の中のあかねの目を見た。
ちゃんと聞いて欲しかった。
俺が、これから言う事を……。



「これからも……一緒にいてくれるか……?」
「うん……うんっ……!」



ぎゅっ、とあかねをきつくきつく抱きしめた。
もう絶対に離さない、と決めて。

なびきのやり方にゃ感心なんてしねえけど。
今回ばかりは……少しだけ感謝、か!?





…完…
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