短編

□惑わせて戸惑って
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耳まで赤い乱馬の腕にしがみついたまま、あたしはカフェへ向かった。
だって男の乱馬とカフェに行くなんて滅多にないんだもの!

入るのを躊躇する乱馬に気が付かないフリをして、さっさと席に着く。
4人のボックス席、あえて腕を組んだまま隣同士で。

「ね、あたしコレ食べたい」
「あ?」

あえて乱馬の好きなパフェ。
さあ、乱馬はどうするのかしら?

「じゃ……俺はコレ」
「……コーヒー?」
「悪いかよ?」
「ううん、別に」

めっずらしー!
でも……ふーん、やっぱり男の姿で来ると甘いものは注文しないのね。


「コーヒー、好きなの?」
「……さーなっ」

乱馬ってデートのときはこんな風なんだ……。

自分で仕掛けておきながら、あたしは少しずつ落ち込んでいった。
乱馬が今デートしているのは、あたし、じゃない。
全然知らない女の子だ。
乱馬って知らない女の子にこんなに簡単に誘われちゃうのね……。
それとも、ゆかによろしくなんて言われたから?
気を使っているの?
……あたしの友達だから?……なワケないわよね……。

「おい?どうした?」
「え?」
「急に黙り込んだからさ」
「あ、ううん。なんでもないの」

心配までしてくれちゃってる。
知らない女の子、なのに……。

「パフェ、早く来ないかなぁ。ね?」
「ああ、まあ」

ぎゅ、と胸を腕に押し付けてみる。
乱馬の顔色が一気にこれ以上ないくらいに真っ赤になった。
シャンプーや右京のときと同じ。
振り払う素振りは、ない……。

正直言って、ライバルはシャンプー達3人だけだと思っていた。
でも……乱馬がこれじゃあ、ライバルが何人になるかなんてわかりゃしない。

……なんであたし、こんな奴を好きになったのよ?
もうやめちゃおうかなぁ……。

そっぽ向く乱馬の横顔。
今は真っ赤だけど、それでもあたしの大好きな顔だ。
真剣な表情で戦ったり、無邪気に笑ったり。
ずっと見てきた顔。

「……なんだよ?」
「……別に」

チロリと目だけをこちらに向けた乱馬が怪訝そうな顔であたしを見る。

もう考えるのはやめよう。
とにかく、今はあたしじゃない。あかねじゃない。
だから……いつもは出来ない分、目いっぱい甘えてみよう。
あたしじゃないんだから、きっと乱馬だって受け入れてくれる……。


パフェとコーヒーが運ばれてきた。
砂糖もミルクも入れずに一口飲んだ乱馬が密かに顔をしかめる。
思わず笑ってしまったあたしに、乱馬が恨みがましい目を向けた。

「お砂糖、入れたら?」
「……1コくれ」

甘党の乱馬が1コで足りるわけないじゃない。
コーヒーにお砂糖を2コ入れて、あたしはパフェを食べ始めた。
ホッとしてコーヒーを飲み始めた乱馬に、あたしは悪戯心がわき始めた。

「はい」
「はあ!?」

スプーンにパフェを乗せて乱馬の口元へ。

「食べて?」
「食べ……って……」
「早く早くっ、溶けちゃうよっ」
「……」

少し迷った後で、ぱくりとスプーンに食いついた。
すぐさまあたしはそのスプーンで同じようにパフェを食べる。

「えへへっ、間接キス、しちゃったね」
「っ!?!?」

……本当は。
ジュースだとかアイスだとか、間接キスなんてたくさんしてる。
けれどそれは家族みたいな感情で……『間接キス』なんて言い方、したことなかった。

あたしが自分のセリフに赤くなってしまったのを隠すように視線をそらすと、乱馬が小さく「ばーか」と呟いた。
なんだかその声がやさしく聞こえて、あたしはコツンと乱馬の肩に額を寄せた。

『あかね』として乱馬の隣にいたい。
『あかね』としてこんな風に甘えてみたい。
『あかね』として……受け入れて欲しい。

ふと、乱馬の指があたしの手に触れた。
どきりと心臓が跳ねる。
固まったまま動けずにいるあたしの指に、ゆっくりと乱馬の指が絡んでいった……。








「わあっ、きれい……」
「……」

駅前にある噴水がある公園にやってきた。
夕方近くだからか買い物帰りの親子連れが多かった。
子供達と、笑顔で見ているお母さん達。
乱馬のあたたかい手に引かれるままに、ベンチに腰掛けた。

「……幸せそうね……」
「ああ、そうだな」
「……」

あたしもあんな風になれるのかしら?
結婚して、子供を産んで、大好きな人のために、家族のために家事をして……。

隣にいる乱馬の横顔をちらりと見た。
何を考えているのかわからないけど、あたしと同じようにじっと親子連れを見ている。

「誰のこと、考えているの?」
「っ!?」

口に出してから、しまった、と思った。
乱馬が目を丸くして、真っ赤な顔であたしを見たから。
まさか本当に誰かのことを想っていたなんて、そんなことを聞きたかったわけじゃないから……。

きっと乱馬が思い浮かべていたのはあたしじゃない。
だって乱馬はあたしがあたしだってことに気がついていないんだもの。
化粧したってカツラをつけたって『好きな人』を見間違うはずがない。
あたしなら……乱馬がわからないなんてこと、絶対にない……。

じわり、と乱馬の顔が滲んだ。
頬を伝う涙に気が付いたのは、乱馬の驚いた顔を見たから。

「おっおい!?なに泣いてんだ!?」

焦った様子の乱馬に、ぐいっと涙を拭かれた。

「急にどうしたんだよ!?なあっ!?」
「べっ、別に……っ」
「別にじゃねえよ、なんかあったから泣いてんだろ?」
「……」

黙って俯いたあたしは乱馬の腕をぎゅっと掴んだ。

乱馬があたしをすぐに見抜いてくれたらよかったのに。
『彼女』という言葉を『許婚』に言い直してくれたらよかったのに。
……親子連れを見て思い浮かべたのが、あたしだったらよかったのに。

色々な思いが交錯する。
でも、あたしがわからない乱馬には何も言えなくて。
ただ、ぐっと我慢するしかなかった。

こんなことなら外出なんてしなければよかった。
無理にでもゆかの家で終わらせてしまえばよかった。
こんな格好で……乱馬に会いたくなかった……。


ふと温かい感触が体を包んだ。

「え……?」
「……泣くな、馬鹿」

目の前には硬い胸板。
背中に回る太い腕。

あたし……抱きしめられてる!?
嬉しい、と思うと同時に……あたし、乱馬を突き飛ばした。

「……ってーなっ!なにすんだいきなり!?」
「ばかっ!ばかばかばかばかっ!乱馬のばかーーーっ!!」

あたしじゃないのに!
あかねじゃないのに!
なんで抱きしめたりするの!?
泣いてる女の子は誰でもああやって慰めるの!?
あたしじゃなくても……ううん、きっとあたしなんて……必要、ないのね……。

「……乱馬……乱馬はなにも……わかってないっ」
「なにも?ってなんだよ?」
「全部よっ!ばかっ!」

これ以上、乱馬とは何も話したくなかった。
だから乱馬に背を向けた。
どこに行くかなんて考えず……ただひたすらに走った。
乱馬の前から消えたかった。
この姿で、あかねじゃない姿で乱馬に優しくされたくなんてなかった。

乱馬に甘えたい、なんて考えなきゃよかった……。
乱馬の本心を引き出したいなんて……。
あたしは期待していたんだ。

『俺にはあかねって許婚がいるから、他の女は相手には出来ない』

そんな言葉が乱馬から出ることを。
なのに、こんな……。


人気がなくなったところであたしは一息ついた。
壁に寄りかかって空を見上げてみる。
後から後から涙が溢れてくるのを止められない……。

「……ひぃっ……っく……」

一瞬だったけど、抱きしめられた。
あたたかい大きな手が、あたしの手を包んだ。
そのぬくもりが……体中に残っている。
あたしが『あかね』だったらよかったのに。
『あかね』として抱きしめて欲しかったのに。

……乱馬にあああしてほしかったとか、こうしてほしかった、とか。
あたしってば、さっきから求めてばかりで……。
……そうか、あたしは乱馬に何一つ、与えることをしなかったんだ……。
何度も救ってくれたのに、あたしからは、何も……。

「……こんなんじゃ、好かれるはずもないわね……」
「何言ってんだ?」
「!?」
「あー疲れた。いきなり走り出すからびっくりして出遅れたじゃねえか。なんだってんだよ、まったく」

突然現れてあたしの肩を掴む乱馬。
よほど急いでいたのか、珍しく息が上がっていた。

「乱、馬……」
「なんだかなー。引っ付いてきたり泣いてみたり怒ってみたり……一体なんだよ?どうしたんだ?ゆかとなんかあったのか?」
「ゆか、は……関係ない……」

……こともないけど。
少なくとも、今は……。

「じゃあなんだよ?今日は何か変だぜ?」
「別に……」
「コロコロ態度変えやがって……まったく、最初はちょっとかわい……」
「……え!?ちょ、ちょっと待って!?」

今……今!なんて言った!?

『今日は』

そうよ、今日は、って言ったのよ!
え!?

「おい、今度はなんだよ?また泣くのか?怒るのか?」
「え、あの……」
「ほんっと、俺はおめーだけは先が読めねえよ……」
「!?!?」
「朝はいつも通りだったのに、昼にあったらカツラ付けてるわ化粧してるわ……しかもなんだ、その服?」
「あの……」
「あ?」

まさか……まさかまさかっ!?

「ら、乱馬?」
「なんだよ?」
「あたし……誰?」
「………………はあっ!?」
「だっだからっ!あたし……」
「あかね、頭でも打ったのか?」
「っ!!」

知ってた!?気が付いてたの!?
あたしがあかねだってこと……いつから!?

「乱馬、あたしだってわからなかったんじゃ……」
「……」

しばらく目をぱちくりさせてあたしを凝視してから、乱馬は片手で顔を覆った。

「おめー……俺があかねだって気が付かないとでも思ったのか……?」
「だっ、だって……」
「カツラ付けたって化粧したって元の顔は変わんねーだろ。ったくよー……」
「ご、ごめん……」
「大体、あかねじゃないなら誰だってんだ?俺が知らねえ女と一緒にいるとでも思ってたのか?」
「う……はい」
「んなわけねーだろっ」

はあ、とため息をついて乱馬の深い色した目があたしを見つめた。

「なあ、俺は女のときに変装したことは何度もあるけどよ、あかねはほとんど見抜いてたじゃねえか?」
「え?うん」
「じゃあ男のままで変装したら?お前は見抜けるか?」
「当たり前じゃない!」
「……ふーん」

少しだけ、乱馬の頬が赤くなった気がした。
それを見てあたしは……自分が考えたこと、思い出した。



……化粧したってカツラをつけたって『好きな人』を見間違うはずがない……。



「らっ乱馬、あの……」
「俺だって!」
「え!?」
「俺だってあかねを見間違うなんて……絶対、ねえからなっ」
「……うんっ!」

あたしだから、一緒に来てくれたんだ。
あたしの手、握ってくれたんだ。
あたしを……抱きしめてくれて、追いかけてくれて……。

じゃあ、あの時は?

「……誰のこと、考えていたの?」
「は?」
「さっきの公園で、親子連れを見て」
「へ……?い、いやっ!別にっ!」
「……真っ赤よ?」
「……わかってんなら聞くなよ……」
「ちゃんと、聞きたいもの……」

ぷいと横を向いてしまった乱馬の袖を掴んだ。
乱馬の口から聞きたくて、その目を見上げた。

「乱馬?」
「……何を着ても寸胴を隠しきれねえ鈍感な女のことだよっ」
「な……っんですってぇっ!?」
「ばーか。凶暴女ー」
「ちょっと、ら……っ!?」

肩に回された硬い腕。
そして……目の前には、太い首筋。
……額に、柔らかい感触。

「……帰るぞ」
「…………え…………?」
「行かねえのか?」

一瞬で消えた身体のぬくもりと、残った日向のような匂い。
……差し出された、大きな手。

そっぽを向いてもわかる耳まで赤くなった顔に、あたしは胸が熱くなっていった……。

「……素直じゃないんだから」
「何を今更。お互い様だろ」
「……そうね」

絡んだ指先にぬくもりを感じながら、幸せを感じながら、口だけは達者なあたしたち。
きっとこれからもこうやって暮らしていくんだろうな……。






『コロコロ態度変えやがって……まったく、最初はちょっとかわい……』

このセリフに続きがあることに気が付くのは……もう少しだけ、先のことだった……。
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