短編

□戸惑って惑わせて
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やたらと機嫌のいいあかねは、カフェへ向かった。
カフェ……男の姿で入るの嫌だっての知ってるだろ!?
なんでわざわざカフェ!?

入るのを躊躇する俺に気が付かないのか、あかねはさっさと入って席に着いた。
4人のボックス席、あえて腕を組んだまま隣同士で……。

って、だからなんで!?
いつも向かい合わせじゃねえかっ。
なんで隣!?なんで腕組んだまま!?

いやっ、嫌じゃねえけどっ!
すっげーイイけどっ!

「ね、あたしコレ食べたい」
「あ?」

あかねはパフェか……。
俺も甘いもん食いてーなー……でも男の姿で甘いもんなんて食っちゃ変だよな?

「じゃ……俺はコレ」
「……コーヒー?」
「悪いかよ?」
「ううん、別に」

なんだその顔はっ。
男の姿で甘いもんなんて食わねーぞ、俺はっ。

「コーヒー、好きなの?」
「……さーなっ」

……ブラックは嫌いだけど、ミルクと砂糖を入れれば案外好きだ。
ってーことくらい、おめえも知ってるだろうが。
なんでいちいち聞くんだよ?
まったく、本当に変な日だぜ。

まあ……変だけど。
変だけど……かわいい、よな。うん。

ふと隣を見ると、あかねが難しい顔をして俯いていた。
さっきまでは機嫌よかったよな?

「おい?どうした?」
「え?」
「急に黙り込んだからさ」
「あ、ううん。なんでもないの」

あかねの無理した笑顔は知ってる。
苦しくても悲しくても、こうやって一瞬で笑顔を作るんだ。
口角を上げて、目を細めて。
それでも……頬だけは、緩んでいない。

「パフェ、早く来ないかなぁ。ね?」
「ああ、まあ」

話を逸らしたな、と思う間もなかった。
ぎゅうっ、と腕に押し付けられる柔らかい感触。

これ、なんだ!?
って、ひとつっきゃねえっ!
いや、ヒトツっちゅーかフタツっちゅーか……。
フタツ!?ふたつ!?
ふたっ……ちょちょちょちょっと待ていっ!

むむむむむっ胸っ!?
押し付けてるのか!?わざと!?!?
だからなんで!?どうして!?
どうしちまったんだ、あかね!?

ってあああ、頭が働かねえっ!
やっやわらけーし、あったけーし……。
さっ…………触りてー……。

って、だめだろーーっ!!

「……なんだよ?」
「……別に」

じっと俺を見るあかねに、目だけを向ける。
……へ、変なこと考えてんのバレたかな……。

そうこうしてるうちに、パフェとコーヒーが運ばれてきた。
砂糖もミルクも入れずに一口飲んで顔をしかめる。
やっぱ砂糖とミルク欲しいな、なんて考えていたら、隣であかねがくすりと笑うのがわかった。
苦手なのわかってるくせに……笑ってんじゃねーよ、まったく。

「お砂糖、入れたら?」
「……1コくれ」

俺がよほどキツそうな顔をしていたのか、何も言わずに砂糖を2コ入れてくれたあかね。
わかってんじゃねえか、と少し嬉しくてにやけてしまう。
ニヤついてるのを気が付かれないように、わざとそっぽを向いた……ところに。

「はい」
「はあ!?」

あかねがスプーンにパフェを乗せて俺の口元へ。

「食べて?」
「食べ……って……」
「早く早くっ、溶けちゃうよっ」
「……」

ふーん、自分だけがパフェ食ってんのに罪悪感でも感じたのか?
俺がパフェ好きなの知ってるんだもんな。
なんにせよ、ありがてえ。

ぱくり、とスプーンに食らいついた。
んーっ、やっぱり甘いもんはうめえなっ。

「えへへっ、間接キス、しちゃったね」
「っ!?!?」

なっ、何を言ってんだ突然!?
きっ、キス!?
だだだだって今までだってジュースとかアイスとか……一緒に飲んだり食ったりしてたよな!?
え、もしかしてその度にそんなこと考えてたのか!?

ふとあかねの顔が赤く見えた。
その顔を隠すかのように、ギュッと俺の服を掴んでうつむく。

……なんだ?自分で言って照れてんのか?

「……ばーか」

思わず呟くと、あかねが額をコツンと俺の肩に寄せた。
もしかして、甘えられてる……?


これはいつもの『あかね』なのか?
いつもの『あかね』が今、俺の隣にいるのか?
この素直に甘えてきてる『あかね』を……俺、受け止めてもいいのか……?


ふと、あかねの指が俺の指に触れた。
ドクリと心臓が跳ねる。
固まったまま動けずにいるあかねの指に、ゆっくりと指を絡ませた……。








「わあっ、きれい……」
「……」

駅前にある噴水がある公園にやってきた。
夕方近くだからか買い物帰りの親子連れが多かった。
楽しそうにはしゃぐ子供に、それを見る母親。
俺はあかねの手を引いて、ベンチに腰掛けた。

「……幸せそうね……」
「ああ、そうだな」
「……」

俺にはこんな記憶はない。
そりゃそうか、親父に連れ出されて修行してたもんな。
おふくろがいることすら最近まで知らなかったわけだし。

……でも、こういうのっていいよなぁ。
子供がいてさ、母親がこうやって笑って見てて。
で、駅から出てきた父親を出迎えて……。

あ、なんかいいな。
俺が格闘技で生活していくなら、絶対遠征とかあるだろ?
ここに着いて改札出たら、あかねと子供が『おかえり、お父さん!』なんて。
『ただいま!今日は優勝したからすき焼きだぞー!』とか言っちゃったりしてな。
あ、でもあかねに作らせちゃダメだな。
ここはやっぱり俺が作るか……あ、おふくろも一緒に住めばいいのか!
うん、そうしよう!おかしくはねえよな?
その頃にはかすみさんも東風先生のとこに行ってるだろうし。
なびき、は……どうしてんだろうな?

「誰のこと、考えているの?」
「っ!?」

やべっ、口に出てた!?
いやいや、出てない出てない。
大丈夫、のはず……。

気付かれた?と、じっとあかねを見ると……。
なぜかみるみるうちに溢れてくる涙。

「おっおい!?なに泣いてんだ!?」

焦ってぐいっと涙を拭いた。

「急にどうしたんだよ!?なあっ!?」
「べっ、別に……っ」
「別にじゃねえよ、なんかあったから泣いてんだろ?」
「……」

黙って俯いたあかねは俺の腕をぎゅっと掴んだ。

なんで泣いてんだ!?
なんだって今日は機嫌良くなったり悪くなったり……。
情緒不安定?
あれか?『女子の日』ってやつか!?

でも、あかねの表情は読み取る自信がある。
これは何かを我慢している顔だ。
なんで?なにを我慢してるんだ?
言いたいことがある?
それとも……俺、なにかしたか……?

どうしたらいいのかわからない。
わからない、けど……今日のあかねの素直さや可愛さ、なくしてほしくなかった。
笑って欲しかった。
だから……。

「え……?」
「……泣くな、馬鹿」

腕の中のぬくもり。
見えるのは、白く細いうなじ。

抱きしめたぬくもりを堪能する間もなく、あかねに突き飛ばされた。
突き飛ばされたと言っても抱きしめた状態からだから、いつもみたいに吹っ飛ばされるようなことはないけど。

「……ってーなっ!なにすんだいきなり!?」
「ばかっ!ばかばかばかばかっ!乱馬のばかーーーっ!!」

衝撃だった。
なにより……心に。

俺、拒絶されたのか!?

「……乱馬……乱馬はなにも……わかってないっ」
「なにも?ってなんだよ?」
「全部よっ!ばかっ!」

全部ってなんだ!?
わかってないって何をだよ!?

カツラのことか?
化粧のこと?
それとも服のこと?

呆然と座り込んだままでしばらく考えていたが、ふとあかねがいないことに気がついた。
あいつ……どこ行きやがった!?
とりあえずあかねの行きそうな方向へ向けて、俺は走り出した。





「……こんなんじゃ、好かれるはずもないわね……」

しばらく走って人気のない場所に入り込んだ瞬間、小さく呟く声が聞こえた。

「何言ってんだ?」
「!?」
「あー疲れた。いきなり走り出すからびっくりして出遅れたじゃねえか。なんだってんだよ、まったく」

また逃げられないようにあかねの肩を掴んだ。
焦ってあちこち走り回ったせいで、呼吸がやけに乱れる。

「乱、馬……」
「なんだかなー。引っ付いてきたり泣いてみたり怒ってみたり……一体なんだよ?どうしたんだ?ゆかとなんかあったのか?」
「ゆか、は……関係ない……」
「じゃあなんだよ?今日は何か変だぜ?」
「別に……」
「コロコロ態度変えやがって……まったく、最初はちょっとかわい……」
「……え!?ちょ、ちょっと待って!?」

やべっ!
俺、うっかり大変なこと口走りそうに……って、あかねは何を待てって?

「おい、今度はなんだよ?また泣くのか?怒るのか?」
「え、あの……」
「ほんっと、俺はおめーだけは先が読めねえよ……」
「!?!?」
「朝はいつも通りだったのに、昼にあったらカツラ付けてるわ化粧してるわ……しかもなんだ、その服?」
「あの……」
「あ?」

なんだその挙動不審な感じ?
そんな困った顔……うん、イイ!

って、ちっがーーーうっ!

「ら、乱馬?」
「なんだよ?」
「あたし……誰?」
「………………はあっ!?」

あたし誰?って何だ?
あかね以外の誰かなのか?

「だっだからっ!あたし……」
「あかね、頭でも打ったのか?」
「っ!!」

おーおー、でっかい目を見開いて。
何言ってんだよ、さっきから?

「乱馬、あたしだってわからなかったんじゃ……」
「……」

……な、何だって?
わからない?俺が、あかねを?

「おめー……俺があかねだって気が付かないとでも思ったのか……?」
「だっ、だって……」
「カツラ付けたって化粧したって元の顔は変わんねーだろ。ったくよー……」
「ご、ごめん……」
「大体、あかねじゃないなら誰だってんだ?俺が知らねえ女と一緒にいるとでも思ってたのか?」
「う……はい」
「んなわけねーだろっ」

はあ、と思わずため息をつく。
つまり何か?
あかねは俺があかねだって気がつかないと思って、甘えたりしてきたってことか?
それはそれでわけわかんねーけど……。



好きな女、見間違えるわけねーだろーっ!!




「なあ、俺は女のときに変装したことは何度もあるけどよ、あかねはほとんど見抜いてたじゃねえか?」
「え?うん」
「じゃあ男のままで変装したら?お前は見抜けるか?」
「当たり前じゃない!」
「……ふーん」

……そっか。
あかねが俺を見間違えること、ねえんだ?
ってことは……きっ、期待してもいいのか……??

「らっ乱馬、あの……」
「俺だって!」
「え!?」
「俺だってあかねを見間違うなんて……絶対、ねえからなっ」
「……うんっ!」

泣き顔から一転、明るい笑顔。
ドキリとした。
俺があかねに落ちた笑顔だったから……。

「……誰のこと、考えていたの?」
「は?」
「さっきの公園で、親子連れを見て」
「へ……?い、いやっ!別にっ!」

突然の質問に焦って変な返事をしてしまった。
俺が考えていたのは、あかねとの将来。
だけどそんなこと……言えねえっ。

「……真っ赤よ?」

こっ、こいつ……っ!

「……わかってんなら聞くなよ……」
「ちゃんと、聞きたいもの……」

あかねと目を合わせないように横を向いたのに……。
きゅっと袖を掴まれる。
驚いて見ると、あかねの大きな瞳が不安そうに揺れて俺を見上げていた。

「乱馬?」
「……何を着ても寸胴を隠しきれねえ鈍感な女のことだよっ」
「な……っんですってぇっ!?」
「ばーか。凶暴女ー」
「ちょっと、ら……っ!?」

かわいいとか、大切だとか。
んな言葉を簡単に言うなんてこと、俺にはできねえ。
だからせめて、ほんの少しだけでも……。

思い切って肩を抱き寄せた。
びっくりして硬直してるあかねに額に、唇を寄せた。
ふわり、といい香りがする。
ほんとはちゃんとしたいけど……今は、コレだけで精一杯だ。

「……帰るぞ」
「…………え…………?」
「行かねえのか?」

差し出した手。
あかねが受け入れてくれるかどうかわからなくて、直視できなかった。
ほんの一瞬が、すごく長く感じた……。

「……素直じゃないんだから」
「何を今更。お互い様だろ」
「……そうね」

絡んだ指先にぬくもりを感じながら、幸せを感じながら、口だけは素直になれない俺達。
きっとこれからもこうやって暮らしていくんだろう……。

そしていつか、ちゃんと言えるようになればいい。





『コロコロ態度変えやがって……まったく、最初はちょっとかわい……』

このセリフの続きは……いつか、またな?
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