短編

□言われてみたい
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※パラレルです。
『好きになってもいいですか?』編




【A side】


恋を知ったそのときに、その恋を失った。


それは決して珍しいことじゃないと思う。
そうでしょう?
学校の先生や恋人がいる先輩。
相手が決まっている人を好きになるなんてこと、色々な人が経験してる。
そして乗り越えていく。
だから平気。
あたしだって、平気……。



このごろ元気ないね、と友人達に言われる。
確かにそうかもしれない、と思いながらもあたしの口から出る言葉は『どうして?大丈夫だよ』だけ。

ずっとずっと想っている人がいた。
それはあたしの中で、尊敬という形でしかなかった。
尊敬という形だ、と思っていた。
けど……。

気がついたの。
その人がある女性を見るときの瞳に、あたしの心臓がきゅうっとなることを。
胸が苦しくなって、嫉妬なんていう醜い感情が心に湧き出てくることを。

ああ、これは恋なんだ。
そんな風に考えたのはいつだったか……。

相手がもっと近い人なら良かった。
そうしたら気持ちを伝えることができるのに。

相手がもっと遠い人なら良かった。
そうしたらいっそ諦めることができるのに。

だけどあの人は……近くて、遠い。
格闘をしているお父さんやあたしをずっと診てくれている先生だから。
そしてその瞳はあたしの横をすり抜けて……想いを寄せる女性の元へと、あたしのお姉ちゃんの元へと向かってしまうから。
気持ちなんて伝えられない。
なのに……諦めることすらも、できない……。

そんな感情があたしの内に渦巻く中、あたしは中学生活を送っていた。





「あかねー!行こっ!」
「え?」

ぼんやりしてたあたしに友人が声をかけてくる。

「……あ、そっか。クラス発表だ」
「そうよ、なに?忘れてたの?」
「ん、まあね」
「もう、あかねってばしっかりしてるくせにどっか抜けてるのよね?」
「悪かったわねっ」

もうすぐ中学を卒業して高校に入る。
今日はその高校のクラス発表。
別にどのクラスだろうと大して興味はないんだけど……入学式の日にクラスがわからないのは困るわね。

あたしは友人と連れ立って高校へ向かった。

校門に入ってすぐに中学の制服を来た人混みができている。
あたし達はその人混みをぬう様にしてクラスを確認した。

「やった!同じクラスだよっ」
「そうね、安心しちゃった」
「ね、少し見学していかない!?」
「え!?い、いいの!?」
「校内はだめだろうけど……外でやってる部活くらいはいいんじゃない?」
「あー……でもあたし、部活入る気ないからな……」
「ええ!?柔道部とか空手部とか、入らないの!?あんなに強いのに!」
「入らないわよ。鍛錬ならうちで充分だわ」
「もったいなーい!」

とかなんとか言いながら!
ちゃっかりグラウンドに向かってるじゃないの!

「ちょ、ちょっと……」
「まあまあ。あ!ほら、サッカーやってる!格好いい先輩とかいないかな!?」
「もうっ、ミーハーなんだからっ」

あ、でも……。

パッと目を惹く姿があった。
あきらかに他の人たちとは動きが違う。
というか……格好も、ちがう……?

「すごっ!あのチャイナの人!見るからにスポーツマン!って感じね。好みかもっ」
「というか……なんでチャイナ?」

Tシャツにジャージの集団の中、ひときわ目立つ真っ赤なチャイナ。
しかも……え、おさげ!?
変っ!って……ううん、チャイナにみつあみなんだからバランスは取れてるところなのかしら?
でもやっぱり変よね!?
なんで一人だけ!?

「すごーい!1人であんなに動いてる!」
「……ん、確かにすごいわよね」

ありえない位置からのゴール。
ありえない高さからのパス。
ありえない距離の疾走。

でも、なんだか……。
うん、サッカーしてますって体つきじゃないような気がする。
どっちかっていうと、格闘技をしてる人に多い筋肉の付き方。
……なのになんでサッカー?

「あ……彼女かな?」
「え?」

チャイナの人に駆け寄ってタオルを渡す女の人。
背中にヘラ。

……ヘラ!?!?
なんで!?ヘラ!?料理人!?

チャイナの先輩が笑っているのが見えた。
あれ?でも……なんか、困ってる?

「なーんだ、彼女いるのかー。残念っ。帰ろ、あかね」
「……そうね」





そのあとは入学まで高校に行く必要もない。
あたしは短い春休みをただひたすら稽古して過ごしていた。
だからその日もいつも通り。
朝一番でのジョギングを終えて道場へ……。

「あれ?お父さん?」

道場から聞こえてくる気合の入った声にあたしは足を止めた。
お父さんがこんなに朝早くから1人で稽古なんて……どうしたのかしら?

そっと道場を覗いてみる。

「あ」

お父さんじゃない。
誰か別の人の稽古だ。
お客様?あたし、入らないほうがいいの?

ひとりはタオルみたいなはちまきみたいな物を頭に巻いた男の人。
もうひとりは……あ!高校でサッカーしてた人!?
なんでここに!?

って……すごい……。
なにあれ!?
動きのひとつひとつが滑らかでしなやかで……そう、まるで野生のカモシカのよう……。

攻撃力も半端じゃないわ。
打ち合った瞬間の空気の動きが違う、音が違う。

真剣な表情……目が、すごく真っ直ぐで……。

「あかね?」
「!?」

後ろからかけられたお父さんの声にビクリとした。
あたし、自分でも驚くほどに見とれていた、みたい……。

「入らないのかい?」
「あ、でも……」
「お父さんの友人が来ているんだよ。息子と一緒に道場を使わせて欲しいってね」
「息子……」

お父さんのあとに付いて道場に入った。
稽古中の2人が動きを止めてこちらを見る。

「おお、天道君!すまんな、こんな朝早くから」
「いやあ、困ったときはお互い様だよ、早乙女くん。おっ、そちらが息子の乱馬くんだね?」
「あ、早乙女乱馬です」
「うんうん、いい身体だ。相当鍛えてるね!?」
「はあ、まあ……」

ぽんぽん、と早乙女先輩?とやらの身体を触って、お父さんがこちらを振り向いた。

「末の娘のあかねだ。今年から高校に入るんだよ」
「じゃあ乱馬のひとつ下になるんだな」
「へえ……」

あ、挨拶挨拶!

「天道あかねです。えっと……多分、先輩と同じ高校、です」
「へ?俺と?」
「はい。風林館ですよね?」
「そうだけど……なんで知ってるんだ?」
「サッカー部ですよね?」
「いや、違う」
「え!?」

あれ!?じゃあ違う人!?
って、そんなわけないと思うんだけど……だってこんなおさげの男の人、滅多にいないもの。

「あ、そっか!そういやサッカー部の助っ人した日に新入生がたくさん来てたな」
「助っ人……」
「そっ。部員が1人怪我しちまって試合にならないって借り出されたんだ。俺は帰宅部だから結構そういうのがあるんだよ」

結構あるって……やっぱり運動神経良いんだ。
それに、あたしが格闘技系の身体つきだって思ったの、間違ってなかったのね。

「うちの高校、変な奴多いけど……ま、頑張れよー」
「あ、はい。よろしくお願いします!」




見ただけでわかった。
あの人は強い。
あたしなんかよりもはるかに強い……。

あたしだって同じ学校に敵なんていなかった。
男子でも女子でも、絶対に負けはしなかった。
だけど……あのしなやかで強い野性味帯びた動き。
真剣に打ち合っていたときのあの鋭く深い真っ直ぐな瞳。

あたしじゃ、かなわない……。

2人が帰ってしまってから聞いた。
同じ無差別格闘流の父子であること。
お父さんの親友とその息子であること。
たとえ敵わなくても、稽古したかったな……。

その日からあたしは、入学式の日までをずっとドキドキして過ごした。
だって入学したら早乙女先輩に会えるかもしれない。
ううん、好きとかそういうんじゃないの。
ただあの稽古してるときの動きが忘れられないだけ。
あの力強い姿を、もう一度見たいだけ……。






「早乙女乱馬先輩。2年F組、帰宅部。ものすごくモテるけど、特定の彼女はいないんだって!いけると思う!?」
「……はあ?」

入学して落ち着いた頃、友人が興奮気味にそう言った。

「いけるって?」
「だからっ、告白したらオッケー貰えるかな!?」
「告白!?」

え、早乙女乱馬って……あの人よね!?
ちょっと待って!

「ヘラ背負った人、早乙女先輩に言い寄ってるけど彼女じゃないんだって!早乙女先輩は幼馴染だって言ってるらしいのよ。だから……」
「ちょ、ちょっと待って!?早乙女先輩が好きなの!?」
「だってかっこいいじゃない。顔よし、運動神経よし!」
「え、それだけ?性格は?」
「モテるんだから悪くはないでしょ?」
「でしょ?って言われても……」

り、理解できない……。
どうして性格もわからない人を好きになることができるのかしら?

「早乙女先輩、今日は柔道の助っ人なんだって!他校との交流試合みたいよ。一緒に見に行かない!?」
「柔道か……うん、いいわよ」

柔道ならあの姿をもう一度見ることができるかもしれない。
あの、真剣で力強いあの人を……。
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