短編

□言われてみたい
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【R side】


作り笑顔だ、と思った。
おやじの知り合いの道場の末娘、あかね。

おやじとの乱取り稽古を道場の外で誰かが見ているのには気がついていた。
まさか胴着姿の女だとは思わなかったけどよ。
道場主と一緒に姿を見せたときに、正直言ってびっくりした。
あんなに『かわいい』って表現がしっくりくる女は今まで見たことなかったから。
まあ別に、だからなんだってわけでもないけど。

驚いたのは……口元だけで上手く表情を作る、あの作り笑顔。
なにがあったのか知らねえが、笑うタイミングをうまく掴んで笑顔を作っている感じ。
かわいいのに笑顔が可愛くねえ。
もったいねーよなあ。


「……んまっ!乱馬っ!!」
「おっ?おー、なんだ?」
「なんだよ、ボーっとして。らしくねえ……あ!まさかついに女ができたか!?」
「できてねえっ!」

クラスメートに冷やかされる……が、断じて女じゃねえっ!
俺はまだ修行中の身……。

「乱ちゃん!うちをさしおいてどこの女と……」
「だあっ!女じゃねえって!」
「そやろ!?乱ちゃんの女はうちだけやんなっ!?」
「違うだろっ!俺はまだ修行中の身だっ、女にうつつ抜かしてる場合じゃねえっ!」

俺に言い寄ってくるうっちゃんには悪りぃが、幼馴染以上には見えねえんだよな……。
そうだなあ、女と言えば……。

って!今、誰を思い浮かべた!?
胴着姿の、ショートカットの……なんつー色気のねえ女を思い浮かべてんだ、俺はっ。
違う違うっ、あいつは単なる同じ流派の後輩っ。

「あ、乱馬。そういや今日の交流試合、女子部のほうは中止っぽいぜ」
「ふーん?なんでまた?」
「大将が捻挫だってよ。女子部、人数ぎりぎりだからなあ」
「へー」
「女子にもお前みたいな助っ人がいればいいのにな?って、柔道できる女ならとっくに入部してるか」
「……」

そういやあいつ、天道あかね。
どっかに入部してんのか?
女子部のやつらも今日の交流試合、楽しみにしてたからな……あいつが助っ人すれば試合できるんじゃないか?

「……俺、ちょっと1年の教室行ってくる。女子部の主将に中止するの待てって言っといてくれよ」
「お!?なんだよ、できそうなのいるのか?」
「んー、わかんねえけど。ま、あんまり期待すんなよ」
「おーっ!頼んだぜ!」



えーと、天道あかねってどこのクラスだ?
きょろきょろしながら歩いていると、新入生の会話が聞こえてきた。

「あいつ、天道にフラれたんだってよ」
「天道って誰にも落ちねーよな、理想高いのか?」
「やっぱあれだけかわいいからなー、よっぽどの男じゃないとダメなんじゃね?」

「おいっ」
「うわあっ!早乙女先輩!?」
「?なんで俺のこと知ってんだ?ま、いいや。天道あかねってどこのクラスだよ?」
「あ、Fです。1F……って、まさか先輩!?告白!?」
「違うわっ!」

なんで俺があいつに告白!?
ありえねーっ!

っつーか……さっきの奴らの話からすると、あいつ相当モテるんだな。
まあやっぱりあの容姿、惹かれるよな……いやっ、俺は違うけど!?
……誰に言い訳してんだよ、俺……。

「天道あかね、いるか?」
「きゃーっ!早乙女先輩だーっ!!」
「え!?どこどこ!?あっ、早乙女先輩っ!」
「いやーんっ、本物ーーっ!」

おいおいおいっ!
俺は天道あかねに会いに来たんだけど!?
なんで女共に囲まれなきゃいかんのだ!?

「ちょ……、天道あかねはどこだよ!?」
「ここですけど?」
「うわっ!?」
「モテますね、早乙女先輩」
「いきなり後ろに立つなよっ」

教室の入り口に俺が突っ立ってるから、入れなかったのか?

「おい、お前どっか入部してんのか?」
「え?いえ、してないですけど……」
「柔道、一通りやってるな?」
「そりゃ、あたしだって無差別格闘流の……」
「よしっ、放課後に体育館に来いよっ。じゃなっ!」
「え!?あのっ!?」

返事を聞かずにその場を去る。
だって下手に断られたりしたら面倒だろ?
こうすりゃ来ざるを得ないもんな。
俺って頭いいっ!よしっ!




「ちょっと早乙女くん、ほんとにあの子で大丈夫なの?」
「ま、大丈夫じゃねえ?試合やれるだけマシだろ」
「そりゃ……中止よりはいいけど……」

交流試合は勝ち抜き方式。
問題は……。

「じゃあ天道さんを先鋒に……」
「大将にしとけよ。あいつが柔道かじってるのはわかってるけど、まともに戦えるかどうかはわからないからな。いきなり出て負けたりしたら精神的に悪いだろ?」
「……まあ、早乙女くんがそう言うなら……」

ってのは建前で。
実はあいつに少し期待してる。
俺と同じように生まれたときから二代目として修行してきてるはずなんだ。
もしかしたら……弱小の女子部の誰よりも、強いかもしれない。

しぶしぶ、という顔で天道が姿を現した。
借りた胴着が少し大きいのか、居心地悪そうだ。

「ようっ、頑張れよっ!」
「なんであたしなんですかっ!?それも急にこんなっ!」
「いいじゃねえか、単なる交流試合なんだしよ。気楽になー」
「なんて無責任な……」
「あ、おめー大将な。勝ち抜き方式だから順番回ってくるかわからねえけど」
「はあっ!?ななな……っ!?」

ワタワタする天道あかねをおいて、俺は男子部へと向かう。
うちの高校は男子も女子も弱小。
きっとあいつにまで順番は回ってくるはず。
当然、男子部で大将を務める俺にもな。
ったく、試合当日に男子も女子も大将が怪我ってどういうことだよ……。



試合は男子部から。
男子部は順当に…………負け進んだ。
先鋒が負け、次鋒が勝ち。
次鋒が負けて中堅が負けて。
副将が負けて……。
勝つために必要なのは、大将である俺の4人抜き。

まっ、余裕だなっ。




背負い投げで一本。
払腰で一本。
大外で一本。
最後はもう一度背負い投げ一本。

向こうの大将にちょっとてこずっちまったが、割といい感じの試合ができたんじゃないか?
うちの柔道部の1年にも良い試合見せることができたと思う。

そのとき……ふと感じた、いつもと違う視線。
射抜くような勝負を挑まれているときのような、強い視線。
ものすごく強い力が籠められたその視線と、気合の入った気配。
俺は思わずそちらを見た。

「……おいおい、俺に勝負挑むつもりか?」
「……そうですね」

俺の試合に触発されたのか、天道あかねが大きな目で真剣に俺を見上げていた。

「ふーん。ま、とりあえず天道の試合を見せてもらうぜ?」
「……」

一瞬揺れたその瞳。
これは……迷い……?

「自分にまで回ってこなきゃいいって思ってんのか?」
「だって……助っ人、なんでしょう?正規の部員が負けた相手に部外者が……」
「こっちにすりゃ助っ人。けど、向こうにとっちゃ試合相手以外の何者でもないぜ?」
「でも……」
「向こうは本気で挑んでくるんだ。『本気』の相手にお前は手を抜くつもりか?『本気』には『本気』で返せ」
「あ……」
「無差別格闘流の継承者なら、格闘家として相手に失礼なことすんじゃねえぞ」
「……!」

大きく見開かれた目が、瞬時にさっきの強い視線に戻る。
……迷いが、消えたな。

「ほら、行けよ」
「はいっ」

さあ、女子部の試合の開始だ。
あいつ、どんな戦いをするのか?
楽しみだなあ、おい。





副将までは男子部とほぼ同じ。
やっぱ弱いんだよな、うちの柔道部って……。

「大将、前へ!」

審判の掛け声に反応してあいつが前に出た。
目を瞑って、深呼吸。
そして……。

はじめ、の合図と同時に襟を取ろうとした相手の腕を上手く絡め取り、瞬時に一本背負い!
おいおいおいおいっ!!
思ったよりやるんじゃねえか、あいつ!!

呆然とする女子部の連中には一瞥もくれず、あいつが視線を走らせたのは……この俺だった。

どうよ!?という声が聞こえてきそうなそのキリリとした顔に、俺は思わずニヤッとしちまった。
楽しくなってきたぜ、これはっ。





その後の3試合。
あいつは全て一本背負いで勝ち抜いた。
俺は最初こそウズウズしながら見ていたが、そのうちにふとあることに気が付いた。

「ありがとうございました!」

挨拶をした後で着替えに向かう女子部員の中からあかねを引っ張り出す。
びっくりしてこけそうになりながらも俺を見たあかねに俺は言った。

「あとでお前んちに行くから。道場で待ってろ」
「え!?あ、はい……?」




そうして俺は再び天道家に行くことになった。
無差別格闘流の継承者として……いや、もしかしたら単にあいつに会う口実だったのかもしれない……。
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