短編

□一夜限りの……
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「お、おい、あかね……」
「え?」
「え、じゃなくてよ……その、もちっと離れて歩かねえか……?」
「……あたし、邪魔なの……?」
「いや、その……」

おれの腕にぶら下がるようにしがみつき、顔を寄せて歩く。
これがデートならいい、けど……。

今は登校中なんだって!!!

「あかね、あの……みんなに見られたら……」
「いけないの?あたしとの関係……知られたく、ない……?」
「か、関係って……っ」

まるであかねとそれなりの行為をしたみたいな言い方じゃねえか!
おれは何もしてねえぞっ!?
そりゃ、昨夜は悶々としてトイレで……って、んなことどうでもいいんだって!

「ねえ乱馬」
「なんだよ?」

腕に当たるやわらかい感触から必死になって気を逸らす。
考えちゃいかん、考えちゃいかんっっっ!!

「宿題、やった?」
「へ?」

宿題?宿題…………ってええええええ!?!?

「あったっけ!?」
「もうっ、やっぱり」

ぷく、と頬を膨らませたあかねは、すぐにニコリと笑った。

「大丈夫よ、乱馬の分もやってあるから」
「……は?」
「だって乱馬、いつも大変だもの。格闘業で生きていくために修行して、部活で助っ人して……」
「……」

いやいやいやいや、なに言ってんだ今更!?
それはそれで“宿題くらいちゃんとしなさいよ!”なんて言うのがいつものあかねだろうが!?

「乱馬、あのね?」
「?」
「一生懸命助っ人しているのは、もしかして……」

助っ人だ?
そりゃあ学校帰りに買い食いしたり、トレーニング用具買ったり。
なにかと金がかかるんだよ、おやじは役にたたねえし。

「もしかして、将来のため……?」
「将来?」

将来ってなんだ?
まあ金があればもっと器具も増やせるしなあ。
道場がある天道家は十分に環境は整っているけど、やっぱり欲しいもんは欲しいよな。
それに修行するときの装備だって少しずつ入れ替えていかなきゃモロくなってきたりもするし。
そういう意味では……。

「確かに将来のためってのはあるかもな」
「え……」
「は?」

え、なんでちょっと赤くなってんだ?

「そ、それって……あの、あのね?」
「なんだ?はっきり言えよ」
「も、もしかして……」
「?」
「……け、結婚、資金……?」
「……は?…………え!?はあああああ!?!?!?」

け、結婚資金!?!?!?
どっからそんな発想出てきたんだよ!?!?!?




――……ふと感じた、冷ややかな空気。




ガシャンッッッ!!!


「らーーーーんーーーーまーーーーっっ!!」
「げえっ!シャッシャンプー!?」

紫色の髪が揺らめく。
フェンスに乗った毎度おなじみの自転車姿。

「今の話はなにか!?結婚!?当然、わたしとの結婚資金ね!?」
「ちっ、違う違う違うっ!!」

また厄介なことにっ!

「結婚だのなんだの、考えてねえよっ!」
「じゃあ今!考えるねっ!わたしとあかね、どちらと結婚するのか!?」
「だから考えてねえって!」
「……わたしではダメということか……?」
「へ?あ、いや、あの……」

な、なんだ!?
急にしおらしく……。

「そんっっっなにあかねがいいあるか!?」
「だっ、だれがこんな不器用な寸胴女っ」
「……っ!!」

ふ、と。
腕のぬくもりが消える。

「………っ」
「あ、あかね?」

ぼたぼたぼた、と音がしそうなほどの大粒の涙がアスファルトを濡らしていく……。

やっ、やべえっ!!

「……ごめん、なさい……」
「……は!?」

え!?謝るところか!?
いやいやちょっと待て、謝るのはむしろ……。

「これが乱馬の本音ねっ!あかねは相手にならないある!」
「ちっ、違うっ!」
「………っ」
「乱馬、いつも言ってるね。不器用で寸胴、かわいくねえ!つまりあかねは妻にはなれない!」
「あああああああっもうっ!!」

これ以上シャンプーに何か言われたらあかねは……っ!

ぐっ、とあかねを抱き上げる。
制止しようと伸ばされたシャンプーの手をすり抜けて、おれは走り出した。

「ぐすっ、ぐす………」
「あかねっ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
「なっ、なに謝ってんだよっ」

腕の中で泣いては謝るあかね。

「あたし、ひとりではしゃいで……迷惑、だったのね……」
「い、いや、その……」

迷惑なんてことはねえ!
むしろその、嬉しかった、し……。
だれもいないところならいいのに、とは思ったけど。

……そうだ!!

「……ぐすっ、乱馬……?」
「スピード上げるぞっ」

おれは真っ直ぐに学校へ向かって走った……。





「よ、っと」
「……」

ゆっくりとおれの腕の中から降りる。

ここは学校の屋上。
昼は生徒がいるけど、こんな朝っぱらからいる奴なんていねえ。

そのままぺたりと座り込んでしまったあかねは、相変わらずぐすぐすと泣きながら俯いていた。

「あの、あかね……?」
「……あたし、ダメなの……?」
「へ?」
「乱馬の、お嫁さんになれない……?」
「お…………っ!?」

嫁!?
お嫁さん!?

「頑張るからっ、乱馬の好みになれるように頑張るからっ」
「え、え!?」
「だから、そばに置いて……?」
「っ!!」

うるうると涙をためた目でおれを見上げる。

か………っ、かわいいじゃねえかっ!!
おれの好みになれるようにって!
おれのために頑張るって!

「あかね……」
「乱馬……」

目の前にしゃがみ込んだおれに、あかねが寄る。
きゅっとおれの服を握りしめたあかねの背に、おれは迷いながらも腕を回した。

……ちゃんと抱きしめることなんて、滅多にない……。

あかねが潤んだ目でおれを見上げた。
そして、なにかを望むように……目を、閉じた……。

「……っっっ」

わかってる。
これはあかねの意思じゃない。
だから。

「あかね……」

これは、もしかしたら無意味でひどいことなのかもしれない。

柔らかな頬に触れ、そして……。

「ん…………」

あたたかくて、どこか甘い。
甘い甘い、あかねの……。

おれの手のひらに収まっちまう小さな頬。
口付けるおれに寄せる身体。

かわいくてかわいくて、堪らない……。





……ごめん、おじさん。
おれ、ガマンできねぇや……。






「……あかね?」
「……ん……」

あ、あれ……?
しばらくおれの腕の中にいたあかねが、ボーッとした目をこする。
もしかして……。

「なん、か……ねむ……」
「おっ、おいっ!?」

くたり、と全身から力が抜ける。
規則正しい寝息と、安心しきったような寝顔。

って!?!?

「ここで寝るのかよ!?」

ええええ!?な、なんで!?
別に寝不足じゃねえよな?
朝はちゃんとすっきりした顔してたし、今まで特に眠そうな雰囲気も無かったし。
揺すろうが体勢変えようが起きやしねえ!

なんなんだ、ほんとに???

とりあえず帰らせるか?
いや、あかねのことだから欠席なんてしたくないだろうし……やっぱり保健室で寝かせるのが妥当か……。


そんなことを思いながら、おれは保健室にあかねを連れて行った。





その後。
一応、休み時間のたびに様子を見に行くものの、なかなか起きないあかね。
なびきが「精神的な疲労が大きいんじゃないの?」なんてことを言ってたから、もしかしたらこのまま抱えて連れて帰ることになるかも、なんて思っていた。

が。

「あっ!あかねっ!」
「大丈夫!?」

昼メシ時、ゆか達の声が響いた。

「……ん、大丈夫……」

教室のドアに手をかけ、お世辞にも元気とは言えない顔色であかねが立っていた。

「おいっ、もう平気なのか?」
「あ……えと、うん、多分……」

少し赤い顔でおれの問いに答えるあかねは、やっぱりいつもと違う……。

……ってー、ちょっと待てよ!?

「あ、あのさ?」
「え?」
「ど、どこまで覚えてる……?」
「……」

あっ赤くなるなよ、おれっ!
すげー重要なんだからなっ!

「ん、と……」
「……」

ドキドキしながらあかねの答えを待つ。
首を傾げ、眉を寄せ、思案するような顔……も、可愛い……じゃなくて!

「おじいさんがきて、なんだっけ……ツボ?感情を増幅するとか……ええと、なんだっけ……」
「そこまでか!?そのあとは!?」
「ま、待って……ほんとにぼんやりで、あとは全然……」
「そ、そっか……」

よ、よかった……。
昨夜はなにせ頬にキスされるわ、明日は一緒に寝るなんて言っちまうわ、そんなこと覚えていられたら、これからどう接していいのかわからねえ。
今日だって勝手にキスしたこと、怒るかもしれないし。

よしっ、これで元通りなわけだ!
あーーホッとした!

……と、思ったその時。

「おい、乱馬」
「あ?なんだよ?」

後ろからちょいちょいと俺の背をつつくのは、ヒロシ。

「なにをホッとしてるんだ?」
「……へ?」

ヒロシだけじゃねえ、ダイスケにゆか、さゆり、他のクラスメイトも。

「何があったか知らないけど、あかねの記憶がなくて乱馬がホッとするって……まさか、お前!?」
「はあ?」
「乱馬くんっ!まさかあかねに何か……っ!?」
「……は?え!?いっ、いやいやっ、ちょっと待て!」

なっ、なんかとんでもねえ勘違いしてねえか!?

「乱ちゃん!どういうことやっ!?」
「ちっ、違うって!おれはなんもしてねえ!」
「ほんまか!?」

ずずいっ、と迫りくるうっちゃんをかわしながら、他のやつらにも聞こえるように言い訳を繰り返す。

「ジジイが変なツボを押したんだよっ!おれはその場にいなかったし、よくわかんねーんだって!」
「ほんとかー?じゃあなんであかねが記憶飛んでんのにホッとしてるんだよ」
「べっ、別にホッとなんてしてない!見間違いじゃねえの!?」
「ほんとにあかねが覚えてない間に、イケないことしてないの!?」
「だーから、何もしてねえって!」
「「「「…………」」」」

……お、急にみんな静かになったな……納得したか?

って、何もしてねえわけでもないけど……。

「……はーー……」

ヒロシの大げさなため息と、同調するように重なるみんなのため息。

「……な、なんだよ?」
「乱馬、お前……情けねーなぁ……」
「……は?」
「据え膳食わぬは男の恥っていうだろ!?」
「……はあ!?」

って、あかねの心配してたんじゃねえのかよ!?

「なんでそこで既成事実作っちゃわないの!?あかねだって待ってるのに!」
「え?ほ、ほんと?」

さゆりの言葉に思わずくるり、とあかねを振り返る、と……。

俯いてしまったあかねを見た。
その拳はふるふると震えている……って、やべえ!

「そんなわけないでしょっ!ばかあああああぁぁぁっっ!!!」

ゴスゥゥゥッッ!という音と、顎にヒットする拳の感覚、そして……。

この景色も見慣れたなー、なんて思う視界に広がる青空。


……うん、やっぱりこれでこそあかねだな。

なーんて、納得できるかーー!!!






「あかね、赤いよ?」
「あー、熱っぽいかもしてない。早退しようかな」
「そうしなよー。乱馬くん、心配してたんだから殴っちゃダメよー」
「言うのが遅いわよ……」

覚えてない、なんて言ったのに、ほんのり頬を染めたあかね。
おれがそのことに気がつくことはなかった……。




「……乱馬のばか」



…完…
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