ナギ 2

□幸せの形
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俺たちは、明日登る山の麓にある宿に泊まる事になった。


そこは、街の中とは違って農場が併設されている宿らしい。


シンはうんざりしたような顔をしていたが、他のメンバーは普段船に乗っている時には味わえねぇようなその雰囲気を楽しんでるみてぇだった。




宿に泊まってる時は食事の用意はする必要はねぇ。


市場から遠いから色んな食材を見に行く事も出来ねぇ。


時間を持て余した俺は、農場の方へと行ってみる事にした。



「わぁー!可愛い!!」


「もこもこですね!」



トワとヒロインが羊やうさぎに囲まれて嬉しそうに笑っている。



「あ、ナギさん!」



俺の姿に気付いたヒロインがブンブンと手を振る。



「ナギさんもうさぎさんを見に来たんですか?」


「いや、違う。俺は、」


「あーー!ま、まさかっ!!」



俺の言葉を遮るようにヒロインが叫んだ。



(何だ…?)



「ナギさん、まさか食糧の調達に来たんじゃ…」


「ええっ!本当ですか!?」



トワとヒロインが怯えた目をしてうさぎを抱きしめた。



「あほか!いくら俺でも人の農場で飼ってるもんを勝手に捌く訳ねぇだろ!!」


「で、ですよねー。」


「良かったです。」



全く。二人揃って俺を何だと思ってやがる。



「じゃあ、ナギさんは何を見に来たんですか?」


「俺は、馬を見に来た。」


「馬!?ナギさん、馬が好きなんですか?」


「ああ…動物は嫌いじゃねぇ。」



中でも特に馬は。


速く、賢く、美しく


そして、人の心を敏感に察するからだ。



「ナギさんが動物が好きなんて意外ですねー。」



楽しそうに言いながら、トワとヒロインが俺について来る。



(お前は、動物みてぇなもんだな。)



頭で考えねぇで本能で生きてる感じだ。


それに、いつも感情がそのまま漏れてっからな。


こんな女が、何でよりによってシンみてぇなタイプとくっついたんだ?



(ヒロインが良いなら別に口出しはしねぇけど。)




うさぎや羊がいた小屋の裏手に、柵で囲んだ中に馬が何頭も繋がれていて


柵の中では旅館の主人が餌をやっていた。


近寄ると、一匹の黒い毛の馬が俺に擦り寄って来た。



「おっ!コイツ兄さんが気に入ったんだな。乗ってみるかい?」


「良いんすか?」


「おうよ!裏の草原なら好きなだけ走らせて構わねぇよ!」



俺は、主人に勧められるままに馬の背に飛び乗った。


ヒロインとトワが、キラキラした目をして俺を見上げている。



(馬に乗るなんて何年振りだ?)



海賊になってからは乗ってねぇから7年以上は経ってんのか。




馬に乗る時は、とにかく馬を信じる事。


馬は、自分を信じる人間の事を信じる。



俺は馬の首をゆっくりと撫でた。



「…行くぞ。」



その腹を軽く蹴ると、馬は軽やかに駆け出した。







周囲を軽く走らせてから戻ると、トワがいなくなっていてヒロインが一人で俺を待っていた。



「トワはどうした?」


「さっきハヤテさんが隣の林を探険するからって連れて行きましたよ。」


「…お前は、行かなかったのか?」


「はい!私はナギさんを見てたかったので!」


「っっ!…チッ…」



コイツの、こう言う所に振り回される。


特に深い意味はねぇって分かってんのに、俺の心臓は馬鹿みてぇに反応しちまう。



「ナギさん、馬に乗るの上手ですねー!」



俺の気なんて知らねぇヒロインがニコニコと笑いながら話している。



「お前も乗ってみるか?」


「えっ!?無理です!私、馬に乗った事無いですもん!」


「俺が一緒に乗ってれば平気だ。」


「本当ですか…?」


「ああ。」


「じゃあ、乗ってみようかな!」


「…手、貸せよ。」



そう言って手を差し出すと、ヒロインが俺に向かって手を伸ばしてきた。


ただそれだけの事で胸が高鳴る。


もう少しで二人の手が触れる、その時



「ヒロイン。」



シンがヒロインを呼びに来た。



「シンさん!」



パアッと花が咲いたような笑顔で、ヒロインがシンの方へと振り返る。



「ナギさん、すいません。シンさんが呼んでるので行きますね!」



ヒロインは真っ直ぐにシンに向かって駆け出した。


それは、よく仕付けられた飼い犬が主人に向かって走って行くみてぇに、決して他の人間になんて見向きもしねぇ。


きっと今のヒロインの目には、シン以外のもんは何も映ってねぇんだろうな。



その時、誰かが俺のバンダナの端をクイッと引いた。


振り返ると、さっき乗った馬の鼻先が目の前にあった。


黒く濡れた瞳が俺をじっと見詰めている。



「…慰めてくれてんのか?」



そっと、その黒く艶のある毛並みを撫でると


馬が気持ち良さそうに目を細め俺に顔を擦り寄せてくる。



「心配すんな。アイツが笑ってんなら俺は満足だ。」



例え、その想いの向けられた先にいるのが俺じゃなくても…



(俺も、上手く調教されちまったのか?)



無防備に向けられる、あの笑顔で。




幸せの形も、気持ちの形もひとつじゃねぇ。


ヒロインが幸せなら


俺はそれで良いんだ。




「もう1回走るか?」



まるで返事をするかのように馬が鼻を鳴らす。



「良し、行くぞ!」



俺は、その背に飛び乗ると



風のように草原を駆け抜けた。






end











 


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