ナギ 2
□moon light kiss
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神様、私これでも頑張ってると思うんです。
いきなり海賊船に乗せられても、海の藻屑や鮫の餌にされそうになっても、一体いつヤマトに帰れるか分からなくても
それでも弱音を吐かずに毎日一生懸命頑張ってきました。
だけど…これだけはどうしても無理です!もう頑張れません!!
「キャーーー!!もうダメー!」
「ヒロイン!下を見るなと言っているだろう!!顔を上げろ!」
(こ、怖いよー!)
私は身動きがとれないまま、マストに必死でしがみついていた。
毎朝の早起き、大量の洗濯物に船の掃除、そして酔っ払った船長のセクハラをかわすのも慣れたけど、これだけはどうしても慣れない。
私、高い所が怖いんです!
だけど、船に乗っている以上見張り台に立ったり帆を張ったりしなきゃ駄目だから
最近毎日こうやって特訓しているんだけど、まだ半分しか登れていなかった。
「はぁぁぁ。」
「…すげぇ、ため息だな。」
「だって、シンさん鬼なんですよ。」
厨房で夕飯の支度をしながら、ついナギさんに愚痴ってしまう。
「今日は、半分まで行ってたじゃねぇか。」
「えっ?ナギさん知ってるんですか!?」
「あんだけ大騒ぎしてりゃ声が聞こえる。」
「ううっ!」
どうしよう!厨房まで声が聞こえてたなんて、恥ずかしい!!
…じゃあ、ナギさんにも聞こえたのかな?
シンさんに「乗組員としての勤めが果たせないなら、船を降りろ。」と言われちゃった事。
(でも…)
ちらりと、ナギさんの横顔を盗み見る。
私、ナギさんが好き。船を降りたくなんてないよ。
こうやってずっとナギさんの側に居たいから、だから苦手なマスト登りも頑張って特訓してる。
だけど、このままだといつか本当に船を降ろされちゃうのかもしれない。
私は視線を手元に戻すと小さくため息をついた。
「……ヒロイン、何が食いてぇ?」
「えっ?」
「もしマストを登りきったら、何でもお前の好きなもん作ってやる。」
「本当ですかっ!?」
「ああ。」
うわー!何でも好きな物をナギさんに作って貰えるなんて贅沢ー!
何にしよう?ナギさん特製のパエリア?
でもこの前のチョコレートケーキも美味しかったし、ナギスペシャルって皆が呼ぶお料理も私まだ食べた事無いんだよねー!
(でも、やっぱり…)
ナギさんの作るヤマトの家庭料理が、私は1番は好き。
どんな豪華な料理よりも、生まれ育った故郷の料理って言うのは特別だから。
(あ、そうだ!)
「それなら、ナギさんの故郷のお料理が食べてみたいです!」
「俺の、故郷?」
「はいっ!」
ナギさんがどんなお料理を食べて育ったのか知りたくて、そう思って軽い気持ちでそう口にした。
だけど、その瞬間ナギさんの目からふっと光が消えたように見えた。
「ナギ、さん…?」
じっ、とナギさんを見つめると
「……皺、寄ってるぞ。」
そう言ってナギさんが親指で私の眉間をそっと擦った。
きっと、よっぽど不安そうな顔をしてたんだと思う。
ナギさんは表情を緩めて、私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「この船以外に、俺が帰る場所なんてねぇんだ。」
そう言ってナギさんは鍋に視線を落とすと、また黙々と料理の支度を始めた。
ナギさんの横顔はもう何も聞くなと言っているみたいに見えて、私はそれっきり何も話せなくなってしまった。