ハヤテ
□ラビリンス −迷宮−
1ページ/3ページ
ハヤテ side
「…おい、しっかり歩け。」
船長の部屋でめちゃめちゃに飲んだ。それこそ船長が勧めるまま浴びるように。
お陰で、こうやってナギ兄に部屋まで運んでもらうはめになった。
ナギ兄じゃなくて、ソウシさんか誰かが運んでくれれば良かったのに。これじゃ、見たくも無いものを見ちまう…
「…おい、ヒロイン」
ナギ兄が、部屋に居るヒロインに声をかける。扉が開きヒロインが顔を出す。
「えっ?ナギさん?って、ハヤテ、大丈夫!?」
「完全に潰れてる。このままベッドに寝かせるぞ。」
ドサッと、ベッドに倒れ込む。胸がムカムカするのは酔ってるせいだけじゃねー。
「…水、取ってきてやるから。」
「あ、ナギさん。私が行きますよ。」
ヒロインが俺の側を離れて、ナギ兄の方に駆け寄る。
目を閉じていても、お前がどんな顔してナギ兄と話しているのか分かる。少し頬を赤く染めて、ぜってー俺には見せねーような恥じらった顔してんだろ。
(お前は、ナギ兄が好きなんだもんな。)
俺が潰れるまで飲んだのは、お前のせいだ。惚れた女が同じ部屋にいて平然としてられる程、俺は大人じゃねー。
(しかも、お前は他の男に惚れてるし…)
ヒロインはぜってー俺のモンにはならねー。だけど誰よりも俺の近くにいる。
俺がいるのは天国か、それとも地獄なのか…
(俺は、いつまでこの状況に耐えられんだ?)
少しずつ遠ざかる二人の足音を聞きながら、俺は眠りの中に落ちて行った。
*******
「ナギ兄、昨日は悪かった。」
「…お前、自分の飲める量ぐらい把握しとけ。」
厨房で、一人食事の準備をするナギ兄の背中に向かって昨日の事を謝る。
ナギ兄の背中は広くて逞しい。
(頼れる男って感じだよなー。)
男の俺から見ても、ナギ兄はイイ男だと思う。もし俺が女なら、迷わずナギ兄を選ぶ。
「なー、ナギ兄の好きな女ってどんなん?」
「……お前、寝ぼけてんのか?」
「や、ナギ兄って俺と全然違うし、大人だし?どんな女に惚れんのかと思ってさー。」
ふいに、ナギ兄の瞳に暗い影が差す。
「……俺が誰かに惚れるなんて、あり得ねー。」
そう言い捨てると、ナギ兄は無言で料理を始めた。
俺は詳しい事情は知らねーけど、ナギ兄は過去に何かがあったって事は分かる。
それこそ、俺なんかが想像出来ねーような重い過去が。
だからナギ兄は、誰にも心を許さねー。いつも、ある程度の距離を保ってしか俺らにも関わらねー。
(それって、辛くねーのか?)
俺はヒロインの事も好きだけど、ナギ兄の事も好きだ。本当の兄貴みたいに思ってる。
だから、ナギ兄にも幸せになってもらいてー。
(アイツなら、ナギ兄を幸せにしてやれんじゃねーか?)
ヒロインは不思議と、一緒にいるヤツの気持ちを穏やかにしてくれる。アイツが隣にいるだけで空気が和らぐ。
(俺はアイツに惚れてるから、そう感じるだけか?)
いや、そうじゃねー。
その証拠に、ナギ兄だって何だかんだ言ってヒロインには優しいし、あのシンですら何かしら理由をつけてヒロインを呼びつけてる。
俺がアイツを忘れられれば、そう出来れば…ナギ兄もヒロインも何も気にする事はねー。
自然に恋をして、二人は幸せになれるんじゃねーのか?
(俺に…忘れられんのか?)
だけど、やるしかねー。アイツが心から幸せになれるんだ。なにがなんでも、やるしかねー。
悔しいけど、俺がヒロインの為にしてやれる事なんて、お前への想いを切り捨てる事ぐらいしかねーんだ。