ソウシ

□線香花火
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「夕飯まで自由行動だ!解散!!」



リュウガの声を合図に皆が順に席を立つ。



「おい、トワ!街に探険に行こうぜ!!」


「すいません、ハヤテさん。僕、ナギさんの買い出しのお手伝いがあって…」


「ちぇー、何だよ。つまんねぇの。」



口を尖らせて文句を言うハヤテに、トワがしきりに頭を下げている。



「あ、トワくん。買い出しなら私が変わ、」


「ヒロイン。」



トワに助け船を出そうと声をかけたヒロインちゃんの言葉を、シンのよく通る声が遮った。



「お前には俺の荷物持ちをしてもらう。さっさと来い。」



それだけ言うと、シンは一人で食堂を出て行ってしまった。



「ちょっ、シンさん!置いていかないで下さいよっ!!」



シンの後をヒロインちゃんが慌てて追いかける。


文字通り、飛んでいった、と言う表現がぴったりだった。



(仕方ない、か。)



だって、君はシンに恋をしているのだから…



不意に胸の奥がチクリと痛む。


だけど、私はその痛みに気付かない振りをして食堂を出て医務室に向かった。


今日もきっと街では沢山の人が私を待っているだろう。


私のすべき事は、医師としての私を必要としている人の為に尽くす事。ただ、それだけだ。


それなのに、いくら駄目だと言い聞かせても君は容赦無く私の心の隙間に入り込んでくる。


だけど、償いの為に生きている私にとって、君の笑顔は眩し過ぎる…


目をつむり、瞼に浮かんだ君の姿を振り切るように頭を左右に振ると


医療用品を詰め込んだ鞄を手に街へと向かった。





*******





「ソウシさん、良いですか?」



医務室のドアをノックして君が中に入って来ると、部屋の中にふわり、とハーブの香りが広がった。



「これ、お昼に街で買った新しいハーブティなんです。ソウシさんハーブティ好きでしたよね?いかがですか?」


「ありがとう。とっても良い香りだね。」


「もう夜なのでホットにしたんですけど、アイスの方が良かったですか?」


「ううん、ホットの方が良かったよ。」



私の言葉にヒロインちゃんが嬉しそうに微笑み、デスクの上にそっとカップを置いた時


机の上に無造作に置かれたそれに君の視線が吸い寄せられた。



「これ…線香花火ですか?」


「そうだよ。昼に診てあげた女の子がお礼にってくれたんだ。」


「うわぁ、懐かしい!ヤマトにいた時、夏は毎年家族でやりました。」



家族との楽しかった時間を思い出したのか、君の表情が柔らかくほどけていく。



「この花火ヒロインちゃんにあげるよ。」


「えっ!?悪いですよ!ソウシさんがお礼に頂いた花火なんですから!」


「気にしないで。シンと一緒にやったらいいよ。」



痛みを悟られないよう笑って見上げると、何故か君は少し寂しげな表情をしていた。



「…ヒロインちゃん?」



不意に、君がパッと顔を上げた。



「ソウシさん、休憩しましょう!今から二人で線香花火やりましょうよ!」


「えっ?今から?」



(私、と…?)



「さぁ!ほら早く、早く!行きましょ!!」


「う、うん。」



訳が分からず呆気にとられたままの私の腕を引き、ヒロインちゃんは線香花火をするために夜の甲板へと私を連れ出した。





*******




甲板に出ると、少しひんやりとした風が吹き抜けヒロインちゃんの髪がさらり流れた。


昼間の日差しはまだ夏のように強いけど、秋はすぐそこまで近付いてきているんだろう。



「甲板で花火をしても大丈夫ですかね?」


「花火って言っても線香花火だし、水を用意したら大丈夫だよ。」


「じゃあ、洗濯に使うバケツを借りましょうか!」



私とヒロインちゃんは水を張ったバケツ越しに向かい合うようにしゃがみ込むと花火に火を付けた。


線香花火がパチパチと火花を散らし始める。



「うわぁ…水面に花火が映って綺麗ですね!」



ヒロインちゃんが嬉しそうに声をあげる。



「ソウシさん、どっちが長く持つか競争しません?」


「よし、負けないよ!」



私達は花火に火を付けると、小さく華やかに開く火花を息を飲んで見守ったり


はしゃいで笑い合ったりを何度も繰り返した。まるで子供の様に。


ふと視線を向けると、少し目を伏せたヒロインちゃんを花火が照らしていて


その表情が妙に大人っぽく見えて思わず視線を奪われた。


その瞬間、私の手から線香花火がスルリと落ち、ジュッと音を立てて水の中に吸い込まれて行った。



「…終わっちゃいましたね。」



俯いたまま、ヒロインちゃんがぽつりと呟やく。



「花火が終わると何だか寂しくなるんです。これで夏が終わっちゃうんだ、って。」


「ヒロインちゃん…」


「秋も大好きなんですけどね。なんでこんな気持ちになるんでしょう。」



今にも泣き出しそうな顔で、君がじっと火の消えてしまった花火を見つめている。



「その気持ち、何となく分かるよ。」


「本当ですか?」


「うん。」



夏の眩しい光の中では全ての物が輝いて見える。


その目も眩みそうな輝きの中では誤魔化していられたのに


秋の澄んだ空気にさらされると、本当の気持ちが溢れだしてしまいそうで少し怖くなる。


だからなのだろうか。


こんな風に秋の訪れを感じる夜は、無性に真夏の光が恋しくなるのは。





「ソウシさん、来年も二人で線香花火をしましょうね。」


「来年も私でいいの?」



(シンじゃなくて?)



私の心の中で問われた疑問に、ヒロインちゃんがきっぱりとした声で答えた。



「ソウシさんがいいんです。」



その視線はどこまでも真っ直ぐで胸がざわめく。



「分かった。約束するよ。」


「やったぁ!絶対ですからね!!」




秋風に誘われるままに、私も気持ちを表してみても良いのかもしれない。


だって、君と交わした些細な約束がこんなにも胸を熱くするぐらいに


この想いは隠す事が出来なくなっているのだから…



笑顔で船内へと歩きだした私達を涼やかな風が撫でていく。


だけど、さっきまでとは何か違う。心の奥がふんわりと温かい。


そう思えるのは、きっと線香花火が二人の距離を少し近付けてくれたから。





end








 


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