時越えし緑

□時越えし緑
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冬の寒さも遠退き、春の暖かさを感じつつある今日この頃。
俺は家の居間にあるソファーに寝転がっていた。

無難に近くの高校を卒業して特にやりたいこともなく。
何となくコンビニのバイトを始め、佐藤と言うどこに行っても一人はいそうな名字通りごく普通に毎日を過ごしている。

「こら拓海(たくみ)!いつまでゴロゴロしているの!」

顔を歪めてうるさく言う母さんに「はいはい」と適当に返事をする。

このやり取りも日常の一つで俺にしたら慣れたものだ。

しかしこのままいると更にうるさく言われそうだ。
そう判断した俺はよいしょ、と心で呟きながら重い腰を上げる。

テーブルに置いてあるスナック菓子の袋を手にした俺を見ながら、母はキョトンという顔をしている。
訝しげに見ると母がなぜか焦りだした。

「なに焦ってんの?」

「そりゃあ焦るに決まってるじゃない!」

「だから何で――」

「アンタ今日小学生の時に埋めたタイムカプセルを掘り出すって言ってたでしょ!?」

「は――――?」

母の言葉にポカンと口を開け、言葉の意味を考える。

小学生……、タイムカプセル……

(――忘れてた――!!!)

急速に思い出すのは一
ヶ月程前のやり取り。

小学生の時からの友人、南優人(みなみゆうと)から久しぶりに連絡がきて話に花が咲いた。

しばらく話していたら、小学生の時に埋めたタイムカプセルを掘り出さないかと持ち出された。

俺は面倒くさいからパスと言おうとしたが、優人があまりにも嬉しそうな声色で話すものだから、断るにも断れず行けると返事をした。

数日後、集まれる人だけで掘り出すと日時が記入されたメールが届いていた。

(何で忘れてたんだ俺……!!)

スナック菓子の袋を放り出し、近くにあった上着をひっつかみ、履き古したスニーカーをそこそこに履いた俺は家を飛び出した。

この時の俺は今までのどの時よりも全速力だったと後に思うのだった――――。





衰え始めた体に鞭を打ったあげく朝ご飯も食べずに走ったからか。
息は絶え絶えで気持ちが悪い。

こんなことなら居間にあるカレンダーにでも書いておけば良かったと思うも後の祭り。
それと同時に家から走って行ける距離で良かったと心底思う。

息を整えて目の前にある校舎を見上げる。
俺が通っていた頃と変わりない姿で佇む校舎にぼんやりと小学生時代を思い出す。

(――たいしたこと思い出せないな


思い出せるのはクラスメイトとした悪戯や、当時はやっていたヒーロー戦隊ものごっことかその程度。
子供の頃は気楽だったと改めて思う。

(――ん……?)

校舎の方からこっちに向かって人が近づいてきたのが視界に入る。

意識をその人物に向けると、俺の方に向かって手を振っていた。

「拓海!」

爽やかな笑顔でこちらにくるイケメン。

――このイケメンこそが南優人。
顔だけでなく、人には優しくなんて性格も良いから嫌いになれないんだな、これが。

「久しぶり。元気だった?」

「元気元気。優人こそ元気だったのか?」

俺の問い返しに「ああ」と輝かしい笑顔とともに答えてきた。

「なら良いんだけど。ところで仕事何してるんだっけ?」

「介護士だよ」

まだまだだけど、と苦笑いで言う優人を見て想像する。
優しい笑顔でこれまた優しく介護をする姿を。

――似合っている。
俺から見たらすごい似合っていると思う。
人には優しくがモットーな優人にはピッタリな職業かもしれない。

「拓海はアルバイトだっけ?」

「そうそう。俺はしがないコンビニ店員さ」

最初は仕事を覚えられなくて怒られまくっていた。
早くも挫折しそうな俺に
先輩にあたるおばさんが優しくしてくれて励まされて。

今でも何とか続けられているのはその人のおかげだ。

そんなことを思っていた俺は、優人の「だいたいみんな集まっているからそろそろ行こう」との言葉に意識を戻し、先を歩き始めた優人の後を追う。
コンパスの違いで俺が早歩きになったことは決して言うまい。


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