愛しい日々に酔しれて

□第5話
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森の奥にある古い寂れた神社。


赤い鳥居でさえも黒く汚れてしまっている。


そこにニ狐は棲んでいた。





「暁月、出来たぞ」



「………」



「羽織だよ!羽織。予想外に時間食っちまったよ」



「ぬら。呼ぶ?」



「いや、行く」




揚々と立ち上がった斑と渋々立ち上がった暁月。


綺麗に織られた羽織を一枚手に取り、ニ狐は夜の京へ久々に降り立った。





同時刻、京。




「ハッハッ…ッ」




細い薄暗い道を必死に走る若い娘の姿があった。




「ハァ…誰かッ……ハッ!!」

「肝寄越せぇぇぇえ!!」



「ヒィィイィ!!」



後ろからは恐ろしい影が追い掛けて来ている。


娘は力の限り走り続けた。



「ちょこまかちょこまかしぶとい女だなぁぁあッ!!」


「ヤメッ…」



「その顔は好きだぜぇ?」




捕らえた怯えた娘を見下ろしながら奴は嘲笑う。


僅かな月明かりに照らされて見えた奴の姿は正に角を生やした"鬼"だった。




「悪く思うなよなぁ!!弱いヤツが悪りぃんだぜぇ」


「いやぁぁぁァアア―ッ!!」




振り上げられた鋭い爪。


娘の悲鳴と共に降り下ろされた。











「―――――!!?」



ザシュッ――…


「?」




いつまで経っても痛みは来ず恐る恐る目を開いた。




「ヒッ!!」




視界に広がったのは真っ赤な血溜まりで鬼が真っ二つになっていた。


先程塞いでいた耳に微かに聞こえたのは鬼の断末魔だったのだと悟った。


自分ではない、ならば誰が?


そう思うだけで恐ろしくなった。


しかし、運が悪いのか新しい声が上から降って来た。









「…悪いな。弱い奴が悪いんだ」







鬼と同じ言葉を囁いた。




「斑。はい」



「はいはい。ありがと」




彼らは何事もなかったかのようだ。




「ったく、久々に来てみれば…なんっか落ち着かないな…」



「どうやら“女狐”が動き出したようだ」



「…成程、それで生き胆なわけな」




神妙な様子で話していた彼ら。


そのままどこかへ歩いて行こうとした。





「あ、あのっ!!」



「ん?」



「…」




娘はお礼をと引き留めたが上手く言葉を発することが出来なかった。




「早く帰んな」



「え?」



「また、いつ襲ってくるか分かったもんじゃない。外にいるより家に居た方が安全だろうよ。」




それだけ言って、どこかへ去って行った。


呆然と座り込んでいた娘はふと我に返った。




「…耳」




白い耳と黒い耳を生やした男二人。


紛れなく、人でない証拠であった。


しかし彼らが居ない以上問いただすことは出来ない。


娘はハッとして立ち上がり、家を目指して走り出した。




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