拍手お礼文再録
□月光浴
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《月光浴》
アイオリアの胸の中で健やかな寝息を立てていた魔鈴は丑三つ時あたりに、ふいに艶めかしい風の匂いを感じて目を覚した。ぼんやりとよく開かない目でカーテンが揺れる窓の方を見つめるとなんだか明るい。
『・・・あかるい、?な、んで?』
ようやく視線が定まり風が吹き抜けてカーテンが揺れる様をみるとそれは日の光の明るさではないことに気づいた。
『・・?なんだろう?』
アイオリアを起こさないように静かにゆっくりと胸から離れる。彼が買ってきたシルクの薄いガウンに袖を通しもの静かな足取りで揺れるカーテンをくぐり抜けた。
獅子宮の南側は切り立った崖になっており足を滑らそうものなら命はないような場所だ。小さい庭、と言えなくもないが、庭というにはなにもなくあのアイオリアが花など植えるはずもないので本当に殺風景な場所だ。崖の行き当たりには丸太で組んだ柵が申し訳程度にかかっている。
この場所は部屋から出なければいけないようになっているので、ここに来るには獅子宮の主の了解を取らなければならない。ベッドルームから直行できる南側の窓の前の場所だ。わざわざ出てみても何か見るものがあるようなものでもないのでアイオリア自身もそこに出ることは今はなかった。
真夜中なのに外が明るいことに気づいた魔鈴は寝ぼけたままくぐり抜けたカーテンを後にした。
雪が降っている。
ボウッとそう思った頭の片隅でどこからか『そんなはずはない』という声が聞こえた。
そうだ。今は秋なのだ。ギリシャに雪など降るはずはない。
そして寒くもない。では、これはなんだろう?
満月の月明かりが強く太陽のそれとは比べることはできないものの、辺りの様子はハッキリと見渡せる。
ようやく覚醒した魔鈴はひらりと舞い落ちる白いそれを手に取って見た。
「花びら・・?」
聖域に吹き付ける強い南風が彼らの居住する高い山肌に当たり風が四散する。
魔鈴は据えられてある丸太の柵に腰をかけて、どこからか飛んでくる雪のような白い花びらの舞を言葉もなく見つめた。
煌々と輝く月明かりに照らされて白い花びらが踊るように舞ってゆく。まだ、夢を見ているのかも知れないと感じた。白い花びらがクルクルと風に飛ばされて自由に舞い落ちる様は現実を忘れさせるほど美しかった。そして月の光も。
白く輝く月光と白い花びら。
幻想的な美しさに我を忘れるほど見とれて時間が過ぎる。
過ぎる時間のとりとめのなさすら気にかからず一言の言葉もなくただ、それだけを見ていた。
時折手のひらに落ちる花びらも風に煽られてどこかに飛んでゆく。
どのくらい時間が経ったかそれだけを見てた魔鈴の身体は秋風に晒されて冷えてしまった。
でも彼女はそれを自覚できないくらい夢中で美しい空間を見続けていた。
不意に。
なにかとても温かいもので彼女の身体はくるまれた。
驚いて振り向くと後ろからアイオリアがしっかり抱きしめている。
「なにをやってるんだ?こんなところで」
「アイオリア・・」
「目覚めたらいないから驚いた。南の窓が開いてたからもしかしたらと思ったら、こんなところに」
「アイオリア。これ、なんだい?」
「これってなんだ?」
「白い花びら。なんで?どこからこんなにたくさん花びらが、」
アイオリアは『ああ、』と頷いた。
「これは処女宮の花園から落ちてくるんだ。風向きによるんだが。南風の強い日に落ちてくる時が多いようだ。雪のように見えるよな」
「処女宮・・・。あそこにそんな」
「なんだったか、ああ、沙羅双樹という樹に咲く花だ」
「沙羅双樹、なるほど」
降り注ぐように舞い落ちる白い花びらを見つめながら魔鈴は沙羅双樹についての知識をかき集める。確か釈迦が入滅するとき傍にあった樹だと聞いたような。
アイオリアはいつもと様子が違う魔鈴が強い風と月光の光に惑わされ花びらのようにどこかに舞い落ちてゆくような錯覚を覚えた。魔鈴はアイオリアを見ない。見ないで月光が輝く宙を、舞う花びらをとろけたような目で追い続けている。
「魔鈴。そんなにあれを見るな。連れていかれるぞ」
「・・・連れて?誰に??」
アイオリアの方を向いた魔鈴は不思議そうに小首を傾げて問う。彼の目をまっすぐに見て素直に問いかけるものだから彼はドキマギした。
「あ、いや、ウソだ。魔鈴があんまり真剣に見てるから。ちょっと、その」
「あんたでもそんな冗談いうんだ」
クスクス笑いながら魔鈴が巻きついてるアイオリアの腕に頬を寄せる。冷たい。
「魔鈴。すごく身体が冷えてるぞ。もう中に入ろう」
そう言われて気づいた。自分はどのくらいここにいたんだろう?すごく身体が冷たい。寒いくらいだ。魔鈴は両腕を擦った。
「アイオリア」
「どうした?」
「あたためて」
珍しく甘えるようにアイオリアの首に両腕を回す。
「まかせろ」
アイオリアはそう言うと魔鈴の身体を抱き彼女は熱のある胸に頬を押しつけた。
━━━━━━あんたの身体に残っている太陽のぬくもりを私にちょうだい。もう少し眠りたいから。
シルクの薄いガウンは彼女にとても似合っていた。ミロにムリヤリ連れ出されて買ったものだったが、これはこれでよかったなと。冷たくなった恋人を抱き上げて白い花びらが吹雪く中、獅子宮のベッドルームに入っていった。
ひそやかな月光浴のとき。
おわり