サイレント
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羽生蛇村/不入谷教会
初日/13時33分33秒
「―――こんにちは」
まだあどけなさが残るとはいえ、凛とした響き。
その声に、教会に居た3人の人物が振り返る。生き写しの様な2人の男性、そして、赤い服を着た優しそうな面持ちの女性。
「神の使いで参りました、なまえと申します――――」
両開きの大きな扉前に佇む姿は、初夏とは言え夏特有の強い日差しの逆光となり黒く浮き上がってよく見えない。纏っているローブは何故か真っ白なため、輪郭がぼんやり光って見え奇妙な演出により拍車がかかっている。
なまえはそっと両手でフードを脱ぐと、軽くお辞儀をした。
凛としているとは言え慎ましい物腰、丁寧な仕草。洗練されたものによる独特のぎこちなさは無く、とても自然で、たったそれだけの動作だというのに不思議ととても上品なものに感じられた。
「今日はとっておきの朗報をお伝えに、天より参りました―――」
一歩一歩と歩み寄る。裸足だ。その瞳はただまっすぐに八尾を捕え、足取りもまた、ただ真っ直ぐに八尾へ向かう。2人と向かい合うような位置に立っていた宮田はス、と自然に横に避け、牧野はただひたすら困惑したように、なまえではなくて八尾をチラチラと見ていた。
八尾は戸惑いの色を微かに浮かべたが、それでも落ち着いて微笑みながらなまえを見ていた。
「八尾さん、堕辰子様をご存知ですよね?」
その言葉に、八尾は笑顔のままではあるが僅かに眉を顰め、小首を傾げた。
何を言っているのか理解していない様子の八尾になまえは一瞬目を丸くすると、ワンテンポ遅れて窺う様に八尾を見上げた。けれども気を取り直しては、なんだか仕切り直すかのように口を開く。
「八尾さん、堕辰子様をご存知ですよね?」
2回目を言いました。
なまえは何の反応も示されずとも、続ける。
「儀式はもう、行わなくてよいのです。これまで、何度も何度も行ってきたように……」
そこまで言いかけた瞬間、八尾の瞳孔が開いた。刹那和やかで優しげな八尾独特の雰囲気が崩れ、誰も気付かぬ程一瞬だけ、ゾッとするような冷たい色がチラリと覗く。
すぐさま浮かべられたその微笑みは、先程までのものとそっくりだというのに、暖かさが感じられない。
凡て、思い出したのだ。
「―――儀式の事、よく御存じですのね」
とても静かな口調だった。
窓から入る涼しい風に、よく見合う音色。
なまえは微かに首を傾げた。
「?はい、それは勿論」
「ということは、“私の事”も良く、ご存じなのかしら?」
「はい、当然そのことも詳しく調べました」
「―――そう、」
妙に低く優しい声。
なまえがもう一度八尾の表情をよく窺おうと、顔を上げかけたとき―――
火花が散った。
なまえはのけぞる様に弾んだ後、意識を失い床に崩れた。
***
宮田司郎
羽生蛇村/宮田医院
初日/13時53分16秒
自らの職場へとなまえを運び終えた宮田はデスクに片手でもたれ、ため息を吐いた。後ろのベッドにはあのよく解らな過ぎる子が横になっている。
……あの時、
『―――宮田君』
そう呟かれた声に、半ば条件反射でこの得体のしれない子の細い首を手で叩き切った。
……これ以上口を開かせないために。
細かい指示を受けずとも、そうしなければならないということは明白だった。
壊れた人形の様に崩れたその子を、八尾は見つめていた。
その表情はベールの影に隠れている上に見下ろすように目を伏せていたため、背の高い宮田にはよく見えなかった。
それ以前に、あまり興味は無かったようだ。
牧野はひたすらそわそわしていた。怯えているような、接し方が解らず困惑しているような、とにかく落ち着きのない様子。
けれども決して倒れているその子に触れようとはしなかった。それどころか直視しようともせず、答えを求めるように八尾へと視線を送っては、情けなく床や並べられた椅子などを見ていた。
宮田は地に崩れている自称『神の使い』とやらを見た。純白のローブに、素足。見れば見る程奇妙な格好だ。そこから覗く細い手首や足から想像はついていたが、それにしても軽かった。
―――なまえ、と名乗ったか。
それにしても、一体何者なんだ。
『儀式』の事を、良く知っていると言っていた。
一度も見たことが無い容姿。聞いたことのない名前。
こんな小さな村で一度も見たことが無いなどとはあり得ない為、村の人間ではない筈だ。
そして、『八尾さん』の事もよく知っているとも言った。詳しく調べたのだ、と。それは単に、『求導女』と言うことを知っている、という意味だろうか。
それとも何か、別の意味が―――?
……まあいい。
どうせ処理される運命にある。
『儀式の弊害になる人間』は
始末されなければならないのだ。
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なんか始まった。