サイレント

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宮田司郎
羽生蛇村/宮田医院
初日/13時55分46秒




宮田はベッドに仰向けになっているなまえへと歩み寄り、その脇に佇んだ。規則正しく胸が上下している……と思いきや、眉間に皺を寄せて表情を歪めた。魘(うな)されている様だ。
肌蹴たローブから覗く服装はやっぱり奇妙で、これも同じように真っ白だった。


宮田はなまえを改めて見下ろす。


白い肌に整った顔立ち。フードに加え、雑にベッドに下ろした所為で前髪がかかって顔は見えにくい。子供の様な面持ちではあるが、改めて子供かと言ってみれば、そうは見えない。けれども大人とは言い切れない。

年齢も、正体も、そして性別も良く解らない。あの声はもしかすると変声期を迎える前の少年の声である可能性もあるからだ。
とにかくぶっ飛んだ発言を平然と言ってのけるという事しか解らない。

しばらく見つめていると、なまえの眉間がより一層歪んだ。そして「ぐぬぬ」と食いしばる様なうめき声を漏らしたかと思うと―――






























「おかしくないですか!!?」
























勢いよく上半身を起こした。

素っ頓狂な声と切迫感と臨場感のある行き詰ったような必死過ぎる表情。むしろ泣きそうな表情で頭を抱え首を振る。

しかしここは流石宮田、若干眉が動いたとはいえ能面のようなポーカーフェイスだ。


「おかっおかしっ」
「どうしたのですか急に」
「違うんです!何か思ってたのと違うんです!!」


ガバッと顔を上げたなまえを、宮田はじっと数秒間見た。最初の優雅で落ち着いた雰囲気など何処にも無い。早くもキャラが崩壊してしまっている。


「違う?」
「だって!!最初のあの感じの流れ的になんかこの仕打ちは場違いって言うかおかしいっていうk―――」


何を言っているのか全く分からない(というか聞いてるのかさえ疑わしい)宮田は「診察するんで」としれっとした表情で言ってはなまえの腕を掴みキャスター付の丸椅子に座らせる。
終始無表情冷静沈着な宮田と正反対であるなまえは、何とも言えない表情で二度見した。二度見した後『……やっぱりおかしいよ!!』といった表情で凝視した。

そんななまえにお構いなしに、宮田は流れ作業の様にカルテとペンを取り出す。


「しんさ、つ?」
「報告を要される可能性もあるので。首、痛みませんか?」
「へっ?あぁ、大丈夫―――」
「そうですか。目、見ますよ」
「……あれ、先ほど鉄拳を食らわしたのってあなたでh―――いだだだっ!いたいですっ!!」
「動くから目に指が入ったではありませんか。大人しくしておいて下さい。」


片目を押さえ生理的な涙と冷や汗を流しているなまえに、単調に「異常は無いですね。」といってカルテを記す宮田。
なまえは不貞腐れた様な表情でその横顔を眺めたが、やがて徐に膝を抱えてはそこに顎を乗せた。フードを被ってしまったため、ただの白い物体に見える。


「―――で、」


切り替えるように呟かれた言葉に、なまえは瞳だけで宮田を見上げた。
クルリと振り返った宮田は、ほんの少しだけ、教会に居た時や診察をする時とは違って色がついたように見える。……とはいえ、無表情なのには変わりない。


「あなたは何者です?」
「……最初にも申しました通り、神の使いなんです。」


なまえは口を尖らせながらボソボソと言った。そしてチラリと瞳だけで宮田を見上げては地面に視線を泳がせたかと思うと、再び見上げた。


「……もしかして、信じてもらえてなっかったり……?あの……私の事、頭おかしい子って思ってますか?」
「思ってますよ」


―――間髪なんて無かった。
情けや遠慮、オブラートなんて何処にも無かった。


なまえは「!?」と数秒間硬直していたが、やがて気だけではなく魂までも抜けてしまいそうな長いため息を吐いた。宮田は、膝を抱えて俯きさらに小さくなってしまったなまえを見下ろす。フードに加え身長差の所為もあって、やはり表情は見えない。それでも尖らせた口から『不満』という事は安易に読み取れる。案の定、いじけた様なような声で吶吶と話しだした。けれどもそこに『怒り』は少しも感じない。


「本当なんですよ?こう見えても神の使いって言うか、神って言うか……。」


宮田はやはり無表情でなまえを見ていた。けれども耳は傾けている様だ。なまえはお構いなしに、むしろ心中に浮かんだ言葉をすべて言葉にしているように(早い話が独り言)話し続ける。半ば愚痴の様に。


「私、天界で――天界って言い方、本当はちょっと違うんですけど――そこでずっと神を説得していたんですよ?あの堕辰子とかいう神様を。」


堕辰子という言葉に、宮田が僅かに目を細めた。
神を説得とは、どういう事だろうか。


「何なんでしょうかね、あのお方。……大体、自分が足滑らせて地に落ちたんですよ?ドジですよドジ。」


おや なまえの様子が……


「足滑らせるって……羽持ってるんなら飛べよ!!そもそもあんなに指いっぱいあるのに何で滑らせるんです?足って言うかむしろ手っぽいし!そんな笑えないドジしちゃった結果人間界に落ちちゃったとか自業自得ですよ!!私が足引っ掛けられて現世にこんにちはしそうになった時は指さして『プギャー』みたいな変な奇声を上げて笑ってたくせにッ!」


「椅子から落ちますよ」という宮田の声は、なまえの耳に入らないらしい。


「ドジが祟って食べられちゃったとか……そりゃ人間さんも食べちゃうでしょ。」


なまえの膝を抱える腕が、グッと力を強めた。寄せた眉が、苦しそうに見える。


「飢饉に見舞われて、餓死寸前で、お腹が空いて苦しくて、苦しくて、耐え切れなくて、本当に死んじゃいそうで……それに、神様だって事知らなかったんだし!!っていうかそもそも飢饉に陥っちゃったのって堕辰子さんの怠惰の所為だし!!何サボっちゃってんのちょっとね!?おかしいですよね!?」


なまえは物凄い形相で宮田を見上げた。宮田は棒読みのような調子で「そうですね」とだけ相槌を打った。なまえはため息を吐きながら左右に首を振っては「そうでしょうそうなんですよ」と言った。酒を飲んだおじさんの様な動作だ。


「大体!身体が復活せずとも魂がある限りは――魂って言い方もちょっと違うんですけどそこは流して下さい――神として何ら問題ないですし!あの龍だか虫だか解らない身体なんてぶっちゃけ要らないでしょ!主に体が気持ち悪いよナルシストめぇ!リーフィーシードラゴンじゃんあれ!!」


憤ったのか拳まで握っていたなまえだが、少しの間動きを止めてはまた長いため息を吐いては項垂れた。宮田は……一応すべて聴いている。なまえが項垂れたまま、小さく口を開く。


「……おかしいんです。そのくせ人間を責めるなんて、本当に、おかしいですよ。ずっとずーっと説得し続けて、千年くらいかけてやっと説得できたのに……。妥協って言うか、ずっと話を聞いてくれたことには感謝してますけどさ……。でも、代償が要ったのです。だからタダじゃないんですよ?堕辰子さんケチなんで。吝わん坊なんで。吝嗇家なんで。」
「代償―――?」


ポツリと宮田が、呟いた。
「はい、」と呟いて、なまえが宙を見上げた拍子に、被っていたフードが頭から滑る。
今まで隠れていた目はどこを見るわけではなく、天井をぼんやり眺めている。


「だいしょう―――それは、まあ色々です。」


見上げたまま、何でもないようにポツリと呟かれた。


「そんなこんなで、やっとここまで来る事が出来たと思ったら―――何か思ってたのとだいぶ違いますし……」


出会い頭にすべてを説明する暇もなく殴られ気絶させられたなまえ。
「絶対におかしいですよ、こんなの……」と今日何度目なのかわからない台詞を呟きながらなまえは両足を地面に下ろしてクルクルと左右に椅子を回す。

ほんの数回その行為を繰り返したかと思うと突然「あ!!」という大声と共に顔を上げた。何かを考えるように顎に手を添えていた宮田が、なまえへと目を向ける。


「だから私ッ!こうしている場合ではないのです!もう一度教会に―――」






「それは無理ですよ。」







ピシャリと放たれた言葉に、なまえの動きが止まった。冷酷な台詞に、戸惑いながら宮田を見上げる。


「今……何と……?」
「だから無理だと言ったのです。」


目を向けた先に映るのは、何かをサラサラとメモしている宮田の姿。その横顔、伏せられた目。なまえは直観的に、その伏せられた瞳は冷たい光を宿しているのだと感じた。


「あなたは儀式について知っている時点で地下牢に閉じ込められなければならない。」
「牢……?」
「調べた、とおっしゃいましたよね」
「はい、でも―――」
「なので牢から出られることは無いでしょうね。あなたが今話したことがすべて本当だろうと嘘だろうと関係ない。あなたは一生出られない。」


なまえの瞳が見開かれた。
宮田は背後で絶望しているであろうなまえを余所に、カルテ、そして私情を挟んだメモをまとめていた。そして引き出しを探っては注射器を取り出し、そっと振り返る。




「神代と教会は絶対d―――」





そこまで言って、今度は宮田が目を見開いた。































――――居ない。














なまえの姿は、もうそこに無かったのだ。
まさかの常套句キャンセルに素早く周囲を見渡そうとも、その姿を捕えることは無かった。

ただいつもの様な診察室の様子。

もう一度なまえが座っていたはずの椅子へと目を向ける。






そこには、花瓶に活けられた一輪の百合の花が慎ましやかにそっと置かれているだけだった。










「……。」









カモフラージュにさえなっていない上に何だか小馬鹿にしているようなその光景に





―――宮田はイラッと来た。













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慎ましやかな逃亡
   
 

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