サイレント
□05
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宮田はぼんやりと、真っ直ぐにこちらを見たなまえを見詰めていた。しかし直ぐにいつもの如く視線を外す。そして淡々と口を開いた。
「ただ一つ、解らないことがあります」
「?」
「儀式と神代家、そして教会……それらは、具体的にどういった関係があるのです?」
「それは……」
なまえは言い淀んでしばらく視線を泳がせていたが、俯いて「……言えません」と呟かれた。そして俯いたまま、本当に申し訳なさそうに「すみません……」と付け加える。
しばらく俯いていたが、突然「でもっ!!」と思い切り顔を上げる。宮田は少し驚いて微かに目を丸くした。
「だからね、宮田さん!これからは災いを恐れる必要も、生贄も、光も闇も陽も陰も何にも関係ないんです!」
なまえは真っ直ぐに宮田を見て、力強くそう言った。
祈る様に、自分の裾を強く握った拳。寄せられた眉。キュッと結ばれた唇。硝子球の様な瞳に、目を丸くした自分の姿が映っている。
何を……何を伝えたがっている?
何故、瞳が揺れている?
何故、何故―――
泣きそうな顔を、しているんだ……?
……まただ。
また、この感じ。
『宮田さん―――』
そう言えば何故、俺の名前を……?
何かが脳裏を霞める。
光―――の様なもの。
それに触れようと、向き合おうとすると途端に儚い煙の様にスッと消えて無くなってしまう。そして不思議と『そんなことはどうでもいい事なんだ』と思う様になってしまう。
それでも
俺は―――
突然「ふふふふふ……」と怪しげに笑いだしたなまえに、宮田が僅かに驚いたような表情になる。見れば俯いたまま「アレですよアレ……」とどこかの悪役の様な事を言っている。先程の雰囲気はどこに行ったんだというくらい、別人のような口振りだ。宮田が訝しげに眉を寄せる。
「『神代と教会は絶対です』という常套句があるじゃないですか?」
「?」
「絶対ですってぇ?……昨日まではなッ!!って話ですよ!」
ハンと嘲笑するかのように斜めに顔を上げたなまえ。眉をハノ字に下げ、蔑むような口ぶりと、ニンマリ大きく弧を描いた口。全力で嘲るようなその表情は……とても『神の使い』のものだとは認めたくない。
宮田は虚を突かれたような表情になる。「ふふふ」とワザとらしく怪しい笑い方をしたなまえが、今度は眉を下げて「あははっ」と無邪気に笑った。
「だって儀式の必要が無くなった今『儀式の弊害となる存在』なんて、現れるはずがないのですから。だから……」
なまえはそっと、先ほど巻かれた包帯を撫でた。宮田はいつの間にか、真っ直ぐに向き合う様に座って居た。開いた窓とカーテンから、陽の光が注がれ、新しい風が二人を霞める。
「だから――上手くは言えないけれど、宮田さんが強いられる事とか、そう言う仕事とかを担う必要なんて、無いんです。本当に、上手く言えないけれど、これからずっと、そうじゃなくて、宮田さんは、宮田さんで――」
吶吶と零される、言葉の数々。
本当に、下手くそな言葉だ。
だけど、
不思議と聴いてしまうのは何故だ……?
そして、
その言葉の裏に隠された意味を知っているような気になるのは、何故―――
「随分と、詳しいのですね」
やっと口から出た台詞が、これだった。
なまえは俯いたまま、
数秒間動かなくなった。
そして静かに目を伏せて、そっと口を開く。
その柔らかな唇がそっと動き
完全に閉じられたとき―――
宮田の瞳が、見開いた。
囁かれた耳に届かぬほどに小さな声。
『―――ずっと、見てましたから』
確かにそう、唇が動いていた。
それは、
「それは―――」
そこまで言ったとき、
ス、となまえが手を差し出した。
握られているのは、真っ白な百合の花。
半ば無意識に手を伸ばし
そっと受け取る。
「あなたは―――」
その時、窓の外からガサガサと葉が擦れ合うような音がした。それに加え、枝の折れる音が響く。ここは隔離された病棟で、裏は森になっているので人気がある筈がない。
宮田は険悪な表情になって、敏捷な身のこなしで窓へ歩み寄り、辺りを見渡す。
が、そこには誰も居なかった。
しばらく鋭い目つきで見渡していたが、姿は勿論の事、音さえもしない。宮田は素早く窓を閉じ、カーテンを閉める。そして短くため息を吐くと、なまえのへと振り返る。
――――が、居ない。
先程なまえが座って居た筈の椅子には
逆さまに置かれた花瓶。
……と、
その上に器用に置かれた消毒液の瓶。
「……。」
カモフラージュにさえなっていない上に何だか小馬鹿にしているようなその光景。
しかも先ほどよりも悪化している様に
―――宮田の血管が、
嫌な音を立てて切れた。
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エキセントリック逃亡