サイレント

□06
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宮田司郎
羽生蛇村/宮田医院
初日/15時29分37秒



「―――クソッ」


宮田は思わずそう吐くと、ズカズカと早足で出口へと向かった。苛立ちが具現化して顔に影を作り、鬼のような形相になっている。
すれ違った看護士は思わず短く悲鳴を上げ、壁にびったりと背を張り付けていた。外に出た時に、宮田本人は気付いていないだろうがすれ違った母親が、子供を自分に抱き寄せて「見ちゃいけません……!」と悲鳴にも似た小声で言っていた。


一体なんなんだ?
さっきから逃げ出すたびに椅子に花瓶やら消毒ビンやらを置くのは癖なのか?一体そこに何の意味がある?謝罪か?緩和か?そうではないよな。だとすると馬鹿にしてるのか?小馬鹿にしているのか?二度目に至っては完成度が上がっていた。あの上質とは言えないが柔らかい椅子にどうやってあんな器用な工夫をした?しかも瞬間とも呼べる短時間で。そうか。やはり小馬鹿にしているのか?


宮田はそこで、ふと足を止める。


「(―――否、そんなことはどうでもいい。)」


あっさりと思考を放棄すると再び無表情に戻り、落ち着いた足取りで(けれども早足に)歩き出す。


逃げ出されたことは、こちらにとって非常に不都合だ。
このことが、始末または幽閉をご所望である教会側に露呈してしまうと、非常に面倒なことになる。


―――それに、信頼を失ってはなまえとはもう二度と会う事が出来なくなるかもしれない。

そして、なまえは必要以上の不自由を強いられるのではないだろうか……。



つまりそれは―――



……その前に、さっさと捕まえてしまう事が一番好都合だ。


宮田医院から続く坂を下り、村の中心へと続く辺りに差し掛かった時、すれ違いかけた村人である老人が振り返り、宮田に話しかけた。


「ああ、宮田先生。このくらいの子を見かけませんでしたか?」

宮田は振り返り、老人を見た。
話しかけられることは珍しい。それに、内容がとても引っかかる。

「と、おっしゃいますと?」
「詳しくは知りませんけれど、求導女様が探してるみたいでして」


その言葉に、宮田が微かに眉を潜める。


「……八尾さん、が……?」
「えぇ。詳細は不明だけども、なんだか真っ白で変わった服装をしてるんだとか」


―――なまえだ。


『私も丁度探してたんです』という言葉を飲み込む。


「他に、詳しい事は」
「うーん、それだけしか聞いてないですなぁ」


この村人は、その子がどうやら病院から逃げ出したとは聞いていないらしい。
つまり宮田が病院から逃してしまったのだという事は露顕していない。

という事は、教会側もなまえが逃げてしまったことなど知らないのではないか……?
教会側がそのことを知っているとしたら、皆には「何やら具合が悪そうだったから」等、病院に直結するような発言をする筈だからだ。そして、何らかの連絡が入る筈。そして、そんな曖昧な台詞で終わらず「必ず捕まえて」と強制するに違いない。


「まぁ見かけたら、よろしくおねがいします。では」


そう言って村人は去って行った。
のんびりとした口調からも察する事が出来るように、やはり教会側は念を押す程度の対処法しかしていない。なまえが逃げ出したことはまだ教会側は把握していないのだと確信する。


―――だとすると、何故探させる?
普通そこまで厳重にするだろうか?すでに病院に引き取られた、たかが子供の(実際教会側にとっては老若男女関係ないが)しかも荒唐無稽で支離滅裂なことを平然と口にするような奴を……

事情があるのか?
事情、つまりなまえの発言は、やはり―――



―――的を、射ている……?



だとすれば、それなりに慎重に動いた方が良いだろう。
面倒ではあるが、まずは教会に直行してなまえが逃げたことを知らせなくては。その方が賢明だ。
教会まではそれなりに距離がある。今から戻って車で来ることも可能だが―――止めよう。
実に面倒な上に距離があるが、教会まで歩こう。


―――途中で、なまえに出会う事を願いながら。





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宮田先生のご乱心。
本当は「小馬鹿にしているのか?」の後に
「狂ってる」と入れたかったのですが
苦汁を嘗める思いで自重しました(笑)
本当はもっと乱れさせたかt――ゲフ
きゅるってる!!

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