サイレント

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牧野慶
羽生蛇村/教会墓地
初日/17時03分27秒



今教会では、突然訪れた宮田さんと八尾さんが話している。
否、もう話し終えただろうか……?


『なまえさん―――』
訪れた宮田さんの口からその単語が出た途端、私は両足が竦んだ。

―――『なまえ。』
秘儀について、八尾さんに付いて根差した所まで調べた存在。
把握している。私が目を逸らしていた所まで
全部、全部知っている存在。




私は―――

私はその場から、逃げた。




―――あぁ、でも


『どうしたの?求導師様。顔色が悪いみたいよ?』
『いえ、その……』
『外の空気に触れてきたらどう?少しは良くなると思うわ』


そんな会話が交わされていたのだから、成行き……という事には出来ないだろうか。2人の会話が聞き取れなかったのも、その言葉が耳に入らなかったのも、その場から離れたことも、すべて、成行きという事に―――



“八尾さん”……


私の体調を気遣ってくれたのだと分かっているのに……あの時の八尾さんは、どこかいつもと違う気がした。曖昧模糊な感覚だが、確かにそんな気がした。

そして、数時間前に教会を訪れたなまえと名乗った人物が、何かを口にした瞬間も……あの、ゾッとするような感覚。普段の慈悲深く温かく優しい八尾さんとは似ても似つかない―――


そういえば、その時なまえさんは何と言った?
それに宮田さんは、どうして急になまえさんを殴って……?


否、本当に急だっただろうか。
微かに視界の隅に入っていた八尾さんの口は、小さく動いていなかっただろうか?そして、それを合図に宮田さんが動いて―――



―――否、いい。

そんな事はどうでもいい、どうでもいい……
私は、知らなくてもいいんだ……




―――知りたくない。


否、違う


八尾さんが、
八尾さんが「目を瞑っていていい」と言うから

直接聞いたわけではないけれど、
今までずっとずっと、そう言われ続けてきたように
きっと、今回もそう言うだろうから


だから


私の意思じゃない。
八尾さんが―――




ふと足を止めて、前を見た。
亀裂の入った墓標が荒涼とした印象を与える風景。そこは岸壁の元にある、教会墓地だった。夏が来れば月下奇人の真紅が彩りを添える。もう7月に入ったのだから、そろそろ咲くのだろうか。

ずっと行く当ても無く、かといって人目には触れたくないので、フラフラと歩いていた。宮田さんが教会を訪れて、私が教会を後にして、どれくらいの時間が経ったのだろう?

それにしても、最終的に行き着くのが墓地とは……
それも、無意識に。

今胸を満たしているのは、寂寥感……否、喪失感だろうか?
喪失?一体何を?

そんな、空虚な自問自答。

―――私はいつだって、空っぽではないか。




ポツポツと立てられたマナ十字。
そう言えば以前、後ろへ倒れていしまっていたマナ十字を見かけた。何気なく手を伸ばしたときにふと思ってしまったことがある。

―――マナ十字。
それをひっくり返してみると「生」という字に―――



あぁ、そんなことはどうでもいい。
どうでもいい事なんだ……。


私は振り払う様に軽く頭を振ると、奥にある林へと分け入る。そこに立てられた、一本のマナ十字。それは……義父の墓だった。

私はそっと屈み、撫でる様に指先で触れた。



義父の葬儀が行われたのは、私が13歳の冬だった。

白い雪片が、音も無く降りしきる。
虚無感を色にしたような薄灰色が空一面に広がって静かに地上を見下ろしている。

両手が悴んで、吐く白い息が音もなく消えて行く。
そんな、冬の出来事。


義父の死顔を、私は今でも覚えている。


全く似ていない、顔立ち。そっと伏せられた睫に、二度と開くことのない口。血の気も弾力もない肌。疲労からか疲れ切ったようにこけた頬。


それは―――
まるで、私にとっては

求導師としての重圧、
その荷を下ろした故の安堵のような―――


























「見ぃつけたあぁぁぁぁあ!!!」








突然降りかかる聞き慣れない声

勢いよく顔を上げると―――




「あっ違っ、避けてえぇぇぇぇ」
「うっうわああぁぁぁ」




空から白い物体が降ってきた。

……頭上に。

  









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親方ァ!
  

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