サイレント

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「避けてええぇぇぇぇぇ」





という無理難題。
泣きそうな表情で発せられたであろう、必死かつ悲痛な叫び。
牧野は避ける事も抱き留める事も何も出来ず、激突された。

「ぐふっ」という何とも苦しそうな呻きと共に、押し倒される(張っ倒される)ような形で倒れ込む。
降ってきたのは勿論、言うまでも無く―――


「あぁっ!着地点間違えたッ!と、とんだご無礼を許して下さいッ!」


なまえだった。

なまえは顔を真っ青にしながら、仰向けに倒れてくぐもった声で呻いく牧野の胸倉を掴むと、叫ぶように謝った。本当に申し訳なさそうな表情には、悪意は無い。胸倉を掴んでいようが大声だろうが、悪意は無い。
なまえは牧野の上に座っている事は不適切だと気付き、急いで牧野の上から飛びのく。そして「え?ご臨終……?」と不安になっては嫌に煩い心臓を押さえ、牧野を覗き込んだ。


牧野は眉をハノ字にして固く目を瞑り、細い喉から短く絞り出すように呻き声を漏らした。真ん中で分けられた少し長めの前髪が乱れ、顔にかかってしまっている。
不器用な呼吸。

やがて被害者にも拘らず「すみません……」と何故か謝っては、顔にかかった前髪を耳にかけ直し、牧野はたどたどしく肘をついて首を起こす。
そこで目の前に映ったのは―――


「あぁ……!墓が……」


弱々しく感嘆詞を漏らした牧野の視線を、なまえは首を傾げながら辿った。

行き着くは真っ二つのマナ十字。


「へっ!?あっ折れ―――!ごごごごごめんなさいっ!!」
「いっいっ、いえ、大丈夫ですっ、大丈夫ですから……」


凄い勢いで謝るなまえに若干怖気づきながら、牧野はなまえに差し伸べられた手をたどたどしく掴み上半身を引き起こされる。

共に地面に座っている牧野を、なまえは改めて見た。

真っ黒な、まるで喪服の様な求導衣に身を包んでいる。

胸の前で無意味に重ねられた
骨ばった両手。

それに見合うような
青白く、華奢な体つき。

常に自分に自信がないような
不安そうな表情。


虚ろな瞳は、
一体どこを映しているのだろう?





……え?
どうしよう。えっ?
何か精神的に追い詰めてしまったのだろうか。
それとも、……何だったっけ、アレ。
―――そう!『怪我』っていうの!


「もしかして怪我とか―――」
「いえ……下は柔らかい土ですから……」
「よかったぁ……。すみませんね」
「あの、」


小さく呟いて、牧野はチラリとなまえを瞳だけで見上げた。そして、突然現れ、儀式に深く――闇の部分まで――関わっていそうな、何もかも正体不明のなまえと目が合った。
牧野は目が合った瞬間、心臓を針で刺されたようにヒヤリとして、すぐさま俯いて斜め下の地面に視線を落とす。


「?」
「いえ、どうして突然……上から……?」
「教会へどうやって侵入しようかと観察するために、高い所に登ってたんです!」


引き締まった表情で強く言ったなまえに、牧野はただ一言「そうですか」と言った。この一言も含め、牧野は先程からずっと震えるほどかすれた声で吶吶と話している。


誰か覇気持って来て。ちょっと聞きづらいよこの人の台詞。
―――ん?
でも、こうやって牧野さんが現れたことはラッキーかもしれない。否、とてつもない吉兆かもしれない!


不意に、ニヤリとなまえが笑った。


「牧野さぁん……」


ニヤリと笑ったまま、なまえが徐に牧野を見上げる。悪巧みでもしてそうなその仕草に、牧野がビクリと肩を小さく震わせ、身を固くした。


「はいこれ!どーん!!」


そう言ってなまえは、何処からともなく大きな籠を取り出した。反射的に身を庇う様に身構えて固く目を瞑った牧野は、予測不可能過ぎる出来事に拍子抜けしポカンとした表情になった。


「?ど、何処でそんなものを……?」
「ここへ来る途中拝借したのです!おっきいでしょ?」
「は、はぁ……」


籠をポンポンと叩いて、にっこりと笑うなまえ。牧野は籠へと目を向けた。

確かに大きい。小柄な人間ならすっぽり入ってしまう程の大きさで、持ち運びが楽なようにとリュックの様な紐がついている。


牧野が首を傾げるよりも早く、
なまえは口を開いた。












「これで私を教会まで連れて行ってくれない!?」









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因みにあまり深く考えず
直感で籠を拝借したそうです。
抜け目ないのか抜け目しかないのか
よく解らないですね、なまえさん!

そして今回はいつもより短いです、ね。大分短い。その分次回はすこーし長くなるかもしれない

  

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