サマーメモリーズ

□07.
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あっ、と思わず声を出してしまった。
居なくなったと思っていたら、今度は突然なまえさんは現れたからだ。しかもちょいちょい、と手招きをしている。

「……?」

頭にクエスチョンマークを浮かべながら、寄る。 

「!!」


ガッ突然肩に腕を回された為、咽そうになった。がっちりと寄せられる。みみみ密着して
なっ、何ですかっ!?と情けない声を出す僕の耳に、なまえさんは口を近づけ―――え、えぇ!?
ちっ、近いっ近い近い近いぃぃ……

そのシチュエーションにクラクラしていると


「うかうかしてると、私が夏希奪っちゃうからね」


そっと囁かれた。
スッと、なまえさんが離れて行く。

色んな意味で目を丸くしながら、さっきまで口を寄せられていた方の耳を両手で押さえる。真っ赤になりながらのけ反って、なまえさんを見た。

「なっ……ななななな何をっ……!」

口をパクパクさせている僕を見て、なまえさんは「んー?」と眉を寄せ、少し首を傾げた。

「……そこは『そんなことはさせません!』って真顔で言うべき所だよ。」
「はえっ……?」


「じゃないと見破られてしまう。」という一言に、何がしたかったのかやっと理解出来た。
つまり、僕が夏希先輩とした「お婿さんのフリをする」という約束を、上手く出来るかどうかの練習、みたいな感じだと思う。
……それにしたって、その練習のチョイスは酷じゃないだろうか。それに、一般常識の範囲を余裕で逸脱しているし……。


「本当は、さ」


ポツリと、なまえさんが呟いた。
何だろう、と顔を上げる。











「フィアンセ君のフリだなんて、嫌だよね」










なまえさんは、爪先で石を蹴った。
蹴ったと表現するには小さい動作だったけど。


「あ―――……」


僕は声が出なくなった。





『お婿さんのフリ』
『四日だけ!あとは適当に別れたことにするから』


その言葉、というものは
憧れの先輩に口にされると……

複雑な、気分になる。


浮かれるべきなのか、そうじゃないのか良く解らない。


「いえ、僕は―――」


その続きは、何と言えばいいのか判らなかった。





「……ごめんね。」


なまえさんは、俯いたまま、そう言った。
わっと、焦燥感が胸にこみ上げる。


「い、いえっ!全然そんなっ!!それに、何でなまえさんが謝るんですか」


あああ僕は何を聞いているのだろう。
何でとか理由とか、きっとそういうものではないんだ。


「取り敢えず僕は、大丈夫ですから」


こういう時に何て言えば良いんだろう、と
解らなかった。
せめて数式ならば、上手く答えを導き出せるのに……


「その、」


解らなかったけど、


「顔を、」


悲しげな表情をされるのは、嫌だなぁ


「上げて、下さい―――」


気付けばいつの間にか、なまえさんに歩み寄っていて、
しかも自然と、肩に手を置いていた。
なまえさんが、こちらを向いた。
向き合って、目が合う。









―――って、


ぼぼぼぼ僕は一体何を……!何を!!



うわぁと情けない声を出して、飛びのく様に手を離した。


「あのっ違うんです今のはそのっ、ごごごめんなさい」


顔が熱くなった。このまま、我に返らない方が幸せだったかもしれないと、つい思った。
なまえさんは目を丸くして、こちらを見ていた。

凝視とか無理ぃぃぃ……

思わず顔を両手で覆いたくなっていると、




「―――あははっ」
「へ……」


なまえさんが、笑っていた。

「君はホントに茹でたタコみたいになるね」
「えっ……えぇー……」


何だか一気に力が抜けた。


「容赦とかって、ないですよね……」


確かに何回も赤くなりましたけど、と脱力した表情でなまえさんを見る。
でも心のどこかで、くすぐったく笑いたくなる自分もいる。





「そして君は、優しいね」





フッと、なまえさんが微笑んだ。





「……、」





……不意打ちなんて本当に苦手だ。


「そんなこと、無いですよ」


本当にそう思う。僕は優しいんじゃなくて、度胸とか勇気とかが無くて気が小さいから、あたふた慌ててその場をつくろっているだけだ。


「そうかなぁ……。さっきだって私に気を遣ってくれてたよ」
「いえ、それは、なんて言うか―――





―――嬉しかったから。」
「……!」




『フィアンセ君のフリだなんて、嫌だよね』


そう言う風に声を掛けてくれる人なんて、いないと思っていた。
全てが突然で、目まぐるしく事が展開して、終わって、
いつの間にか僕は、そこに立って居た。
それが当たり前だと思っていたし、何かを考える暇なんてなかった。
とは言え、所詮……僕が何かを考えたところで、何も変わらない。


―――だけど


健二はそっと、微笑んだ。


「だからもう、本当に何も気にしなくて大丈夫です。僕も別に、今は何も思っていませんし」


斜め下あたりを見ている表情は、どこもあたふたしている様子は無く、
心の底から、嬉しそうだった。


なまえは目を丸くする。
その言葉は、驚くくらいに無欲で、謙虚で、


「―――ありがとう」


と笑った健二その表情が
あまりに素直で、真っ直ぐで、
心底嬉しそうなものだったから。





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