サマーメモリーズ

□36.
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皆、唖然として声が出なかった。
背にタックルされたなまえが倒れる過程で、携帯電話の先端のみが机に引っかかり、そのままなまえと二人の子供の体重に耐え切れず折れてしまったのだ。

健二が、佳主馬が、真悟が祐平がその見るも無残な姿を凝視する。



―――その時、パソコンから警告音が鳴り響いた。


そこには、好き放題な偽ケンジの攻撃を受け、瀕死状態のナマエの姿。


「!貸してっ!」


佳主馬は素早く、健二の元からパソコンを奪った。



***



操作者を失ったなまえのアバターは、されるがままに攻撃を受けていた。偽ケンジはナマエの上へ飛び乗ると、何度も踏みつける。
何が起こったか知らないサクマは、突然動かなくなってしまったナマエに必死に声を掛けている。逃げ隠れていた他のアバター達も、その異様な光景に様子を見に集まってきていた。
偽ケンジは止めを刺すべく、ナマエを上へ放り投げた。
そして拳を握る。

これで最後―――



その時、突然偽ケンジが大きく後ろへ吹き飛んだ。


「ッ!?」


後ろのショッピング棚に叩きつけられた偽ケンジは、顔を上げた。
そこに立って居るのは、真っ直ぐに伸びた長い耳にツンと尖った鼻。腰にベルトが光っている。あれは―――



「キング・カズマ!?」



サクマの声とほぼ同時に、熱狂的な歓声が沸いた。
カズマはその熱援に少しも構う様子無く、地面を蹴って上へ飛んだ。そして、空中でなまえを抱き留める。

カズマは腕の中でぐったりと動かないナマエにを見た。ナマエのアバターは、どことなくなまえに顔が似ている。その、傷だらけの頬を見た時、佳主馬の表情が曇った。


「……ここからは、僕が仕留めるよ」


カズマはそっと告げると、ナマエの帽子から生えた良く解らない二葉を掴み、ぐいと引っ張った。するとナマエが元のマシュマロ姿に戻る。
カズマは地面に降り立つと、「お願い」と短く言ってケンジの頭にナマエを乗せた。
そして、よろめいている偽ケンジを鋭く見据えた。
脳裏に浮かぶのは、傷だらけになって動かないナマエの姿。


「……ザコの癖に……」


偽ケンジに向け低く響いた、佳主馬の声。
画面を睨むそのものすごい形相に、健二は冷や汗を覚えた。



***



カズマは素早く偽ケンジの元へ移動すると、思い切り蹴り上げ、続けざまに回し蹴りを食らわせる。偽ケンジは後ろに大きく吹き飛んだ。しかしそれ以上の速度でカズマは偽ケンジに追い付く。そしてその足を掴むと地面に叩きつける。立ち上がる隙さえ与えずに胸倉を掴み、思い切り頭突きした。偽ケンジは再び一直線に飛ばされ、大きな音を立ててアバターの群れに突っ込んだ。情けや容赦など毛の先ほども無い。

悠然とカズマが歩み寄る。

瀕死状態の偽ケンジは、真っ直ぐにカズマを見ていた。しかし次には、目だけで辺りを見渡した。そして




「なッ……!」




隣に居るアバターを食べた。
その瞬間、緊張に辺りが静まり返る。

偽ケンジは一人では飽き足らず、次々にアバターを飲み込んでゆく。
佳主馬は信じられないその光景に目を見張った。
他のアバター達は目の前の想像を絶する事態に、愕然とした。そして何が起こったのかやっと理解出来た時、悲鳴を上げながら逃げて行った。
偽ケンジは、ゆらりとカズマに向き直った。背中に、後光のような輪が光る。そこには先程飲込んだアバターが描かれている。


「シシ……」


偽ケンジは不気味な声で笑った。
その瞬間、グニャリと頭部が膨張し、次にはち切れる様に分裂した。そしてその一つ一つは立方体となり、まるでパズルを組み合わせるかのように再び結合する。
全てのパーツが組み合わさった時、それは先程の姿とは全く異なっていた。
筋骨隆々、身長はカズマより高い。褐色の肌や腰等に纏った法衣が、どことなくアジアの神話を彷彿とさせた。ただ、面影があるとすれば、ギザギザの歯を見せて笑っている、耳まで届く様なマスクに、額のハートマークだ。


動揺を振り払う様にカズマは気を引き締め、様に身構える。すると、今度は相手の方から飛び込んで来た。


「ッ、」


余りのスピードに回避出来ず、カズマは咄嗟にガードする。そして、眉を寄せた。
そのスピード、威力は先程の物とは桁違いだったからだ。攻撃を仕掛けようにも、相手はその隙さえ与えない。カズマはガードするにもその力に圧倒され、次第に防ぎきれなくなっては数度攻撃がヒットする。


「クソッ、クソッ、クソッ!」


カズマは後ろに流れたが、大きな蹴りを食らわせるべく、地面を蹴った。
すると相手も、こちらへ飛び込んでくる。
同じ構え。しかし―――

相手の方が、速かった。


「グッ……!」


カズマは大きく後方へ滑り、アバターの群れに突っ込んだ。その威力に耐えきれなかったアバターが、数人吹き飛ぶ。


「こいつ……!」


佳主馬は動揺を隠しきれなかった。
速度、威力、そして瞬時の判断。どれをとっても、これほど強い相手と戦ったことが無かった。互角どころか、倍以上の力量。佳主馬の頬に汗が伝う。その時、



「ゲームやってんのー?」
「俺にもやらせてー」


何とも間の抜けた声。
佳主馬を押し出すべく近づいてきた真悟と祐平に、佳主馬が苛立つ。


「触るなッ!」


二人を押し退けた時、佳主馬はハッとなった。偽ケンジが足を構えていた。気付いたときにはもう遅く、カズマの顔面に大きな蹴りが決まっていた。
つまり、それが意味する事とは―――









『K.O! Challenger Wins!!』









―――キング・カズマの敗北だった。




                 

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