サマーメモリーズ
□39.
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顔を洗い、歯を磨き終えた侘助は、改めて井戸ポンプを見た。
使う度に体力を浪費するわ水量の調節も出来ないわで、相変わらず不便だ。
そんな事を思いながらタオルで顔を拭いていると、
「侘助ッ」
「!」
突然名を呼ばれて、侘助は目を丸くした。……この家で自分の名を呼ばれることなんて、滅多に無かったからだ。
自分の名前を、求めるように呼んでくれる人物は、一人しか居ない。
それに、この声は――
「なまえ」
顔を上げれば、こちらへ走ってくる姿が見えた。
それにしても、息を切らしながら名を呼び、こちらへ走ってくるなんて、いくらなんでも珍しい。
「どうしたんだ?」
すぐ目の前に来たものの、俯いたまま黙ってしまったなまえ。
余りにも黙っているため、侘助は心配になり、少し屈んで顔を覗き込んだ。
「なまえ……?」
その、刹那――
「っ―――!」
侘助は、目を丸くした。
なまえが背に腕を回し、強く抱きついたのだ。
「な……なんだよ、急に」
侘助は視線を泳がせながら、ぎこちなく、声をかける。
しかしなまえは何も言わす、腕の力を強めるばかりだった。
「っ!……ッシシ、最初はとぼけてた癖に、本当は俺が恋しかったのか?」
余裕ぶってポンポンと背中まで叩いてみせるものの、その動作はぎこちなかった。
それどころか体温は上昇し、鼓動は高まっている。らしくない事この上ない。
甘えられている――のだろうか。
そう思うと、余計に症状が悪化する。……せめて、この心音がバレなきゃいいが。侘助は密かにそう願う。
しかしそれらも、徐々に収まってきた。
そんなことよりも、あまりに黙っているなまえが、心配になってきたのだ。
……どうやら、甘えられている訳ではないらしい。と、すると……
「何か、あったのか?」
侘助はこういうとき、どう声を掛けて良いのか判らなかった。
「不満な事とか、その……嫌な、事とか?」
故にどうしてもぎこちなく、言葉少なになってしまう。
……理一なら、
もっと優しくしてあげられるのだろうか。
なんて、不意にそんなことを考える自分が厭になる。
「……」
侘助はきつく抱きしめてくるなまえを見る。
そして、名前を呼んで、ぎゅっと押し付けるように抱きしめた。
――自分には、
これくらいのことしかしてあげれないから。
そんなことを思いながら。