短編
□ミルクチョコレート
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2月14日。バレンタインデー。
イベント好きの僕だけれど、この日だけは好きになれない。
もちろん、貰えないなんてカッコ悪い理由じゃない。寧ろ、貰えてしまうから面倒だ。
一方的に受ける愛情は好きだけれど、この日は返すことが必要だから。
沢山受けとれば誰から貰ったかわからなくなるし、返さなかったら泣かれたこともあった。
だから、今日は人を避けて行動する。断るなんて失礼だから、話を持ち出される前に逃げる。それでも、知らないうちに下駄箱や机に入ってたものは、全部新堂にあげてしまう。下駄箱の場所も近いし、今の席は僕の後ろだから間違って入れてしまったってことにしてる。誰も見てないのを確認して、机の中の包みを新堂の机に移す。まるで僕が新堂にチョコを渡している気分だ。
昼休みは長い。放課後ならさっさと帰ってしまえばいいけど、この時間だけは本当に困る。
今年はどこで暇を潰そうかと校内をフラフラしていたら、荒井くんを見つけた。彼は階段を上がって行く。
そうか、屋上か。
僕は後を追うように階段をゆっくり上がっていった。無駄に重たい扉を開けてたら、まだ冷たい風に身震いする。
荒井くんはフェンスを背もたれに、床に座っていた。こちらには目もくれない。
隣に腰を下ろして、じっくりと観察する。手には、スーパーとかでよく見かけるチョコの沢山入った袋。
「もらえたんだ?」
「父さんからです。」
そう言って中から一粒取り出す。包みを両方から引っ張って、開けば中には普通のチョコ。
それをじっと見ていたからか、荒井くんは袋を差し出してきた。僕は遠慮なくもらう。
男からなら返す必要はないよね。
包みから出したチョコを上に投げて口でキャッチする。
…苦い。
「ビター?」
「ミルクも入ってますよ。」
どうやら外れを引いたらしい。チョコは甘いのに限る。
荒井くんはまたチョコを取り出す。けれどなかなか口に入れなかった。不意に口を開く。
「はやく大人になりたい。」
そのまま、乱暴に口に投げ込まれたチョコは、奥歯で噛み砕かれた。
荒井くんはとっても苦そうな顔をしていた。包みには"ミルク"と書いてある。
「はやく大人になって、自由がほしい。」
独り言のように呟く。
僕は袋をまさぐりチョコを手にする。
「こどもに戻りたい。」
僕の言葉に荒井くんが振り向く。チョコを食べたら、やっぱり苦かった。袋には"ビター"。
「こどもの時にみたいに、自由に過ごしたい。」
僕も独り言を呟いた。
お互い空を見上げて、それぞれの思いにふけっている。
今日の晩御飯なんだろう。
「どうしたら大人になるんでしょう。」
僕への質問。
「こどもじゃなくなったら。」
彼への回答。
「いつ、こどもじゃなくなるんでしょう。」
僕への質問。
彼の手から袋を奪って、チョコをてきとうに手に取る。左右に一つずつ握って荒井くんに差し出す。
「どーっちだ。」
彼は心底迷ったあげく、左手を選んだ。
袋には"ミルク"。
「君はまだまだこどもだよ。」
彼への回答。
「…甘い。」
それだけ言って荒井くんはドアの向こうに消えていった。
一人取り残されて、また寒さに体が震えた。僕も速足でドアに近づく。握りっぱなしだった右手のチョコを食べて、ドアを開けた。
「…甘い。」
チャイムに急かされて教室に戻る。また机にチョコが入ってて、そっと新堂の机に入れる。
「お前何してんだよ。」
「ありがたくもらっておきなよ。」
「通りで、いつもより多いわけだ。」
「よかったじゃないか。」
「よかねぇよ。返すの面倒だろうが。」
「そうだねぇ。お返し考えないと。」
「他人事だと思いやがって…。自分で返せよ。」
「お返しは、とびきり苦いのにしないとね。」
「嫌がらせか?」
右手に握りっぱなしの包みを見て、そのまま空っぽの机にしまう。
僕もまだまだこどもだな。
授業が始まる頃には、チョコはすっかり溶けてなくなった。