刀神
□弐ノ太刀
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「ぬおっ…どりゃっ……うひえええっ!」
奇妙な掛け声と共に滅茶苦茶に振り回された剣先はスカスカスカッと空気のみを切り裂いた。
直後、青イノシシが攻撃者に猛烈な突進をお見舞いした
『あ〜ぁ……ダメだありゃ』
平らな鼻面に見事吹っ飛ばされ草原に転がる攻撃者の姿を見た僕は岩に座ったまま呆れた声を出した。
隣にいる僕のパートナー
───── キリトも笑い声を上げていた
「そうじゃないぞクライン。
重要なのは初動のモーションだ」
『そうそう、キリトの言う通り』
「ってて……にゃろう」
毒づきながら立ち上がった攻撃者
─────クラインは笑みを浮かべたままアドバイスをするキリトとそれに同意する僕をチラリと見て情けない声を返してきた
「ンなこと言ったってよぉ、リグ、キリト……
アイツ動きやがるしよぉ」
赤みがかった髪を額のバンダナで逆立てた長身痩躯な体を簡素な革鎧に包んだこの男とは数時間前に会ったばかりだ。
仮に本名を名乗り合っていれば(特にキリトなんかは)とても呼び捨てにはできないが、今の僕らの名前はアバターに付けられたキャラネームだ。
“さん”や“くん”を付けてもむしろおかしいだろう。
彼の名はクライン。
隣でアドバイスをしているのがキリト。
そして僕がリグ。
そのクラインの足元がふらふらしているのが目に入った
『(あれは目を回したな。情けない)キリト』
「はいよ」
キリトは近くにあった小石を拾う
『これが手本だ。ちゃんと見てろ』
クラインは僕の言葉に従いキリトを凝視する。
キリトそれには苦笑しながら左手に持った小石を肩の位置でピタリと構えた。
ソードスキルがファーストモーションを検出し、小石が仄かなグリーンに輝く。
あとはほとんど自動的に左手が閃き、空中に鮮やかな光のラインを引いて飛んだ小石は再度突進しようとしていた青イノシシに命中。
“ぷぎー!!”と怒りの叫び声を上げ、イノシシはキリトに向き直る
『動くのは当たり前だ。
訓練用のカカシじゃないんだぞ』
「その通り。
だけど、ちゃんとモーションを起こしてソードスキルを発動すればあとはシステムが自動的に技を命中させてくれる」
「モーション……
モーションねぇ……」
呪文のように唱えながら右手に握ったカトラスをひょいひょいと振る。
青イノシシ……正式名称は《フレンジーボア》だったか。
コイツはレベル1の雑魚モンスター(のはず)だが空振りと反撃被弾でクラインのHPバーは半分近くまで減少していた
(どんだけ反撃被弾したんだ)
べつにここで死んでも《はじまりの街》で蘇生するだけだが、またここまで来るのは正直めんどいことこの上ない。
この戦闘を引っ張れるのもあと1回が限度だろう。
キリトも同じ結論に達したのか、突進を右手の剣でブロックしながら“う〜ん”と唸り首を捻った
「何て言えばいいのかなぁ……
一、二、三で振りかぶって斬るんじゃなくて、初動でほんの少しタメを入れてスキルが立ち上がるのを感じたら、あとはズパーン!て打ち込む感じで……」
どんだけアバウトな説明だ
「ズパーン、てよぅ……」
悪趣味なバンダナの下で剛毅に整った顔を情けなく崩すクライン
(あの説明じゃ仕方ない)
『はぁ……いいから構えろ。
腰を落として、剣は右肩に担ぐ感じ』
「お、おう……」
クラインが構えると、今度こそ規定モーションが検出され、ゆるく弧を描く刃がギラリとオレンジに輝く
「りゃあっ!」
掛け声と同時にこれまでとは打って変わった滑らかな動きでクラインの左足が地面を蹴る。
しゅぎーん!と心地良い効果音が響き渡り、刃が炎の色の軌跡を宙に描いた
「曲刀基本技《リーバー》だったか?
お前曲刀スキルのモーションなんて知ってたのか」
『まぁね。
基本技もマトモに扱えないようじゃ、これから苦労するだろ?』
「たしかに(苦笑)」
クラインの技は青イノシシの首に見事に命中しこちらも半減しかけていたHPを吹き飛ばした。
“ぷぎー”という哀れな断末魔に続いて巨体がガラスのように砕け散り、僕らの前に紫色のフォントで加算経験値の数字が浮かび上がる