刀神

□参ノ太刀
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突然リンゴーン、リンゴーンという鐘のような──────あるいは警報音のような大ボリュームのサウンドが響き渡りキリトとクラインが飛び上がった

「んなっ!」

「なんだ!?」

『(始まった……)』

僕らの体を青い光が包み、光の向こうで草原の風景が薄れていく。

βテストの時に何度も体験した《転移》だ。

だが僕らは今何のアイテムも握ってないしコマンドも唱えていない

『(人を驚かせるのが好きだな、あの人は)』

若干呆れたことを考えていると光が一層強くなり視界を奪う。










光が薄れると共に風景が戻ってくるが、そこはもう夕暮れの草原ではなかった。


広大な石畳、周囲を囲む街路樹と瀟洒な中世風の街並み。
そして正面遠くには黒光りする巨大な宮殿。

間違いなくゲーム開始地点《はじまりの街》な中央広場だ。

キリトとクラインを見ると2人とも顔を見合わせて“わけが分からない”といった顔をしていた。


周囲を見回すと目に入ってくるのは色とりどりの髪や装備、眉目秀麗な男女の群れ。
僕らと同じSAOプレイヤーだ。
みんな同じように強制転移させられたのだろう

『………(吐きそう;;)』

人混みが苦手な僕は若干吐き気がこみ上げてきた(吐けないけど)

周りのプレイヤーたちは口々に文句を言っていた。
“これで出れるのか?”という疑問から
“GM出てこい!”という喚き声まで様々だ。

僕としては人混みもさることながらこれからこの美男美女に起こることを考え更に憂鬱になる。

なにが嬉しくて女装したおっさんを見なきゃならないんだ


『はあ……』













「あっ、上を見ろ!」

不意に上がった声に従い、みんな一斉に空を見上げる。

そこには異様な光景─────空を埋め尽くす真紅の市松模様があった。

よく見るとそれは2つの英単語が交互に並んでいた。

1つは【Warning】

もう1つは【System Announcement】

プレイヤーたちは安心したのか静かになりみんな一様に耳をそばだてている。


……が、続いて起こった現象はその期待を裏切る物だった。

市松模様の間から赤いドロリとしたものが現れ、それは地面に落ちることなく上空で赤いローブを纏った巨大な人の姿となった。

そのアバターには顔が無く、それが再びプレイヤー集団の不安を蘇らせた。




みんなが息を呑む中、ローブの人物が右手を上げて言葉を発した



〔プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。
私の名前は茅場 晶彦。
今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ〕




「な……っ」


隣のキリトが喉を詰まらせたような声を出す。

当然といえば当然だ。

SAOプレイヤーで彼の名を知らない者はいないだろうし、ましてやキリトは彼を尊敬していたからな。

だが、茅場はそんなことはお構いなしに話を続ける


〔プレイヤー諸君は既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。
しかしこれはゲームの不具合ではない。
繰り返す。
これは不具合ではなく《ソードアート・オンライン》本来の仕様である〕


「し………仕様、だと?」

クラインが割れた声で囁いた。

その語尾に被さるように、滑らかな低音のアナウンスが続く


〔諸君は今後、この城の頂を極めるまでゲームから自発的にログアウトすることはできない〕


城─────それは今いる《浮遊城 アインクラッド》そのものを指している。
ようするに、彼は“ログアウトしたければSAOをクリアしろ”と言っているのだ。
だが、それを理解しているのは僕1人だ


〔………また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除もあり得ない。
もしそれが試みられた場合──────〕


わずかな間。

1万人が息を詰めた、途方もなく重苦しい静寂の中、その言葉はゆっくりと発せられた


〔──────ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる〕



みんな一様に呆けた顔を見合わせる。
今言われたことを、それこそ脳そのものが受け入れることを拒んでいるように。

キリトとクラインも例外ではない。
それは当然の反応だ。
僕だって先に知っていなければ彼らと同じだっただろう。

脳を破壊──────殺すなどと言われれば呆けたくもなる





「はは……何言ってんだアイツ、おかしいんじゃねぇのか。
んなことできるわけねぇ。
ナーヴギアは、ただのゲーム機じゃねぇか。
脳を破壊するなんて……
んな真似できるわけねぇだろ。

そうだろキリト!リグ!」


後半は掠れた叫び声だった。

だが、どんなに食い入るように凝視されても同意の頷きを返すことはできない。

なぜなら……

『できなくないよ。
原理だけならナーヴギアとまったく同じ家電用品は、40年も前から日本で使われてる』

「なん、だと…………?」

『キミの家にだって電子レンジくらいあるだろう?』

「は?そりゃまぁ……」

「(電子レンジ……)そうか!」

クラインとは対照的にキリトは理解したようだった


『つまり、充分な出力さえあればナーヴギアは脳細胞中の水分を高速振動させて摩擦熱で僕らを蒸し焼きにできるんだ。
身体構成成分のほとんどは水だからな。
当然脳だって例外じゃないさ』

「いや、待てリグ。
電源コードを引っこ抜けばそんな高出力の電磁波は出せないだろ?
大容量バッテリでも内蔵されてない……限り……」


言い終わる前にキリトが絶句する。
自分で言いながら気付いたのだろう。

バッテリは……

『内蔵されてる』

「ああ、ナーヴギアの重さの3割はバッテリセルだって聞いた。
でも……無茶苦茶だろ、そんなの!
瞬間停電でもあったらどうすんだよ!!」


と、まるで彼の叫びが聞こえたかのように、上空からの茅場のアナウンスが再開された

〔より具体的には、10分間の外部電源の切断、2時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解あるいは破壊の試み──────以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。
この条件は既に外部世界では当局およびマスコミを通じて告知されている。
ちなみに現時点でプレイヤーの家族・友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果〕

金属質な声はそこで一呼吸入れる

〔──────残念ながら、既に213名のプレイヤーが、アインクラッドおよび現実世界からも永久退場している〕



どこかでひとつ細い悲鳴が上がった。

だが、周囲のプレイヤーの大多数は信じられない、あるいは信じないと言うかのように、ぽかんと放心したり薄笑いを浮かべたままだった。

キリトもクラインも、受け入れたくはないのだろうが体がそれを裏切り膝が震えている。
(クラインに至っては尻餅をついている)


「信じねぇ……
信じねぇぞオレは……」

クラインが掠れた声を放った

「ただの脅しだろ。
できるわけねぇそんなこと。
くだらねぇことぐだぐだ言ってねぇでさっさと出しやがれってんだ。
いつまでもこんなイベントに付き合ってられるほどヒマじゃねぇんだ。

そうだよ……イベントだろ全部。
オープニングの演出なんだろ。
そうだろ」


『(残念ながら事実なんだよね)』

あくまで実務的な茅場のアナウンスが再開される



〔諸君が向こう側に置いてきた肉体のことを心配する必要はない。
現在、あらゆるラジオ、テレビ、ネットメディアはこの状況を多数の死者が出ていることも含め繰り返し報道している。
諸君のナーヴギアが強引に除装される危険は既に低くなっていると言ってよかろう。
今後、諸君の現実世界の体は、ナーヴギアを装着したまま2時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護体制のもとに置かれるはずだ。
諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい〕

「な・・・っ」

ここでとうとう隣のキリトが叫んだ

「何を言ってるんだ!
ゲームを攻略しろだと!?
ログアウト不能の状況で呑気に遊べってのか!?
こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」


その声が聞こえたかのように、茅場の抑揚の薄い声が、穏やかに告げた


〔しかし、充分に留意してもらいたい。
諸君にとって《ソードアート・オンライン》は既にただのゲームではない。
もう一つの現実と言うべき存在だ。

……今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。
ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に、諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される〕


チラッと視線を左上に向ける。
そこにあるのは青く輝く細い横線、HPゲージだ。

これがゼロになった瞬間、僕は本当に死ぬ。
─────マイクロウェーブに脳を焼かれて即死すると、茅場はそう言ったのだ

















「……馬鹿馬鹿しい」

キリトが低く呻く

『(そう言いたくなるのも分からなくはないけどね)』

“そんな状況で誰が街区圏内から出ていくもんか”と思っているのだろう
た。

しかし、茅場はそんな思考を読み続けているように次の託宣を降り注がせた


〔諸君がこのゲームから解放される条件はたった1つ。
先に述べた通りアインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアしさえすればよい。
その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう〕


「「 !! 」」

この言葉でプレイヤーたちはようやく
“この城の頂を極めるまで”
という言葉の真意を悟ったようだ


「クリア……第百層だとぉ!?」

クラインがガバッと立ち上がり、右拳を空に向かって振り上げる

「で、できるわきゃねぇだろうが!
βじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!!」

『(耳が痛いねぇ……;;)』

クラインの言う通り、僕やキリトを含む1000人のプレイヤーが参加したβテストではテスト期間の2ヶ月で第六層までしか行けなかった。

今この広場にはあの時の10倍、1万人のプレイヤーがいるが、最上部まで辿り着くのにどれだけかかるか……
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