刀神

□参ノ太刀
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〔それでは最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。
諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。
確認してくれたまえ〕


茅場の言葉に従い、右手の指を2本揃えて真下に振る。
出現したメインメニューから、アイテム欄のタブを叩くと表示された所持品リストの一番上にそれはあった。

アイテム名は─────《手鏡》

その名前をタップし、浮き上がった小ウインドウからオブジェクト化ボタンを選択する。

たちまちキラキラという効果音と共に小さな四角い鏡が出現する。

それを手にキリトやクラインを見るが、2人とも“わけが分からない”というふうに呆然としていた。

そんな2人を横目に見ながら、僕は首に巻いたマフラーをクイッと引き上げた。









──────と、突然プレイヤーたちの体を白い光が包んだ。
僕も例外ではなく視界がホワイトアウトする。

2,3秒で光が消え、元のままの風景が現れる。



…………が、周囲のプレイヤーたちの姿だけはとてつもなく変化していた。


キリトは線の細い中性的な顔。

クラインも若侍と言うよりも野武士か山賊のような姿になっている。


かく言う僕も現実の姿になっている。

鏡を見れば目は血のような赤から淡青色になっているし顔も・・・いや、キリトと違うイミで中性的な顔だから大して変わってないけど;;

「お前……誰?」

「おめぇらこそ誰だよ」

『どっちもどっちだよ』


「「え……」」

2人が慌てて鏡を見るが、見た物に対してとても驚いていた


「うおっ……オレじゃん……」

鏡を覗いたクラインが仰け反る


「ってこたぁ……おめぇらキリトとリグか!?」

「お前がクライン!?
それに……え?」

キリトが僕の顔を見て固まる。
ちなみにこのタイミングでバラしておかないとたぶんバラす機会が無いので僕はフードを払っている。
つまり今の僕はキリトがとてつもなくよく知る姿なのだ。

それを見て場違いにも程があるくらい目が点になっているキリトは見ていて中々面白い


「れ、ん……?蓮、なのか?」

『……うん、まぁ……久し振り、なのかな?和人』

「昨日学校で会ったろ!;;」

「な、なんだよおめぇら……
知り合いなのか?」

「あ、あぁ……」

『そんなことより状況把握しなよ』


他のプレイヤーたちも現実の姿なのだろう。
現実世界のゲームショー会場からひしめく客を集め、鎧兜を着せたような、リアルな若者たちの集団がそこにはあった。

何が怖いってさ、どう考えても男女比変わりすぎだろコレ。

どんだけネカマいたんだよオイ。




まぁ、質感はポリゴンだし体や顔の細部に多少の違和感は残るが、それでもすさまじい再現率だ。

それはまるで立体スキャンにでもかけたような……


「そうか!」

キリトが不意に顔を上げる

「ナーヴギアは、高密度の信号素子で頭から顔全体をすっぽり覆っている。つまり、脳だけじゃなくて、顔の表面の形も精細に把握できるんだ」

『だろうな』

てかあの人むしろそのためにナーヴギア創ったんじゃなかったっけ?


「で、でもよ身長とか……体格とかはどうなんだよ?」

クラインがいっそう小さい声で言いながら周りを見る。

周囲で、唖然とした表情で自分や他人の顔を見回しているプレイヤーたちの平均身長は《変化》以前より明らかに低下している。
僕は、そしておそらくキリトやクラインも、視点の高さの差異によって動作が阻害されるのを防ぐためにアバターの身長を生身と同じに設定していたのだが、大多数の者は現実よりも10ないし20センチ上積みしていたのだろう。

それだけではない。
体格の方も横幅の平均値がかなり上昇している。
これらは頭にかぶるだけのナーヴギアではスキャンのしようがないのだが……


『クライン、キミ、ナーヴギア買ったの昨日だろ?
初回装着のセットアップステージで何した?』

「え……あ、そうか!
なんだっけ、えーと……
キャリブレーション?とか言うヤツで自分の体をあちこち触らされたんだ。
……ってもしかしてアレか?」

『それだよ』

つまり、可能なのだ。
現実と同じ姿のアバターを造り上げることは。
そしてそんなことをした理由は……



「……現実」

キリトがポツリと呟く

「アイツは、さっきそう言った。
“これは現実だ”と」

『僕らに“ここが現実だ”と認識させるため、か』

「でも……でもよぉ」


ガリガリと頭を掻きながらクラインが叫ぶ

「なんでだ!?
そもそもなんでこんなことを……!?」

『どうせ、すぐに答えてくれる』

上空を指さすと、茅場がそれに答えるように話し出した


〔諸君は今、“なぜ?”と思っているだろう。
なぜ私は──────SAO及びナーヴギア開発者である茅場晶彦はこんなことをしたのか?
これは大規模なテロなのか?
あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と〕

ここで初めて茅場の声に感情がこもる。
それは《憧憬》のような……

〔私の目的は、そのどちらでもない。
それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。
なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終目的だからだ。
この世界を創り出し、観賞するためにのみ、私はナーヴギアを、SAOを造った。
そして今、全ては達成せしめられた〕

短い間に続いて、無機質さを取り戻した茅場の声が響いた


〔─────以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。

プレイヤー諸君の─────健闘を祈る〕


最後の一言が僅かな残響を引き、消えた。

しばらくすると巨大なローブ姿が消え、NPCの楽団が演奏する市街地のBGMが遠くから響いてきて穏やかに聴覚を揺らしていた。

ゲームは本来の姿を取り戻していた。
幾つかのルールだけが、以前とはどうしようもなく異なっていたが。

そして────この時点に至って、ようやく1万のプレイヤー集団が然るべき反応を見せた。

つまり、圧倒的なボリュームで放たれた多重の音声が、広大な広場をビリビリと震動させたのだ


「嘘だろ……
なんだよこれ、嘘だろ!」

「ふざけるなよ!出せ!
ここから出せよ!」

「こんなの困る!
このあと約束があるのよ!」

「嫌ああ!帰して!帰してよおおお!」


悲鳴、怒号、絶叫、罵声、懇願、そして咆哮……



そんなものを聞きながら、僕は必死に思考を落ち着かせた。
先に知っていたとはいっても思考が高ぶる。
勿論少なからず恐怖もある。

だが……

『(久し振りだな……この、命懸けの感覚)』

同じくらい、もしくはそれ以上の高揚感が体を満たしていた。

前の世界で、平和な生活が嫌だったわけじゃない……
ただ、不思議な“物足りなさ”だけが心にいつも存在していた……




『(ああそうか……僕は……













命懸けの、この何とも言えない緊張感が欲しかったんだ……)』



僕は、知らず知らずのうちに口端をを持ち上げていた……
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