蜩鳴

□〜其ノ肆〜
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〜廊下〜


『それで、なんでボクまで呼ばれてるんですかね』


「私が知るわけないでしょ」


『ですよねー』


恭輔と梨花はそんな会話をしながら廊下を一緒に歩いていた。

理由は先程教室にやって来た知恵に呼ばれたからだ。

ただし、呼び出したのは知恵ではない。


『……ボクまだ監督に呼ばれるような理由無いと思うんですけど。

べつに体調悪くないし』


呼び出したのは知恵ではなく、健康診断のため学校を訪れていた村唯一の医者だった。


恭輔は体は弱いが自分でも言っているように今の体調は悪くないし、それは梨花も同様だった。



「その言い方は後々できる予定だったのね、理由」



『そりゃ勿論。

みんなで仲良くしたいじゃないですか』


「…………」


“みんなと”ではなく“みんなで”。


1字違うだけで意味は大きく異なっていることに気づかないほど、梨花は鈍感ではないつもりだった。

そして恭輔がその辺りを意図的に使い分けていることも……何を考えているのかも。


「……手並み拝見させてもらうわよ」


『構いませんがちゃんと手伝ってくださいね?』

唐突で抽象的な言葉に、全て見越したような即答で返され梨花は口を閉ざす。

そして心の中で思った。


「(やっぱコイツいけ好かない…!)」































〜保健室〜

保健室前に到着した恭輔は軽くノックをして保健室の扉を開ける。


正面に見える椅子には見るからに人の良さそうな白衣の男が座っていた。

そしてその隣にはナース服の女性が立っている。


『失礼します』


「なのです」


「ああ、2人ともお呼び立てしてすみません」



恭輔と梨花が中に入ると男は開口一番で本当に申し訳なさそうに詫びた。

この白衣の男こそ雛見沢で唯一の医者……入江京介(イリエ キョウスケ)だった。
見た目に反せず人の良い彼は余所者にも関わらず閉鎖的な村で老若男女問わず信頼される人物だ。
優しく優秀で信頼される医者、初見で抱く非の打ち所といえば押しに弱いところくらいだ。

……初見なら。


初見な(大事な事なので(ry


『(残念ながらというか……この人にはもはや尊敬に値するレベルの欠点が存在するからなぁ……;;)』


恭輔は頭の中でそこまで纏めると入江に促されるまま椅子に腰を下ろした。

そしてその隣には梨花が。


『…ボクたちに何かご用ですか、入江先生?』


そう訊ねる恭輔に入江は苦笑を返す。


「そんな畏まらなくていいですよ。

もっと気楽に、“監督”とでも呼んでください。
雛見沢の子たちはそう呼んでます」


『監督?』


「入江は野球の監督なのですよ」


『へぇ』


「恭輔くんも、もし良ければ我が雛見沢ファイターズにどうです?」


『有り難いお誘いですが勘弁してください……;;』


体を動かすのは好きだが外で野球などしては体に障る。
 
恭輔はまだ夏が遠いこの時期ですら既にいわゆる健常者の夏並に紫外線対策をしているのだから。


それを口に出すと入江はまた申し訳なさそうな顔をする。


「それは余計なことを……すみません」


『いえ、気にしないでください。
 

……それで、なんでボクたち呼ばれたんですか?』


「ああ、そうでした。

キミに少々お伺いしたいことがありまして」


『?』


何のことか分からず恭輔はこてんと首を傾げる。

入江は少しだけ逡巡してから口を開く。


「…恭輔くん、今までここに来たことはありますか?」


『? 雛見沢に、ですか…?』


「そうです」


『無い、と思いますよ。

ずっと都会暮らしだったんで』


「1度も?

家族ではなくキミ個人でも構わないのですが……」


『んー……』


恭輔が少し考え込む。


その間に梨花は看護婦に近寄り小声で話しかけた。


「鷹野、どういうことですか?」


「なんでもないわ。

ただのちょっとした質問よ」


鷹野と呼ばれた女性はニッコリと微笑んで梨花にそう答えた。

だが梨花はそれが嘘だと感じた。

それは鷹野が楽しそうだったからだ。

鷹野がこのように心底楽しそうな表情を見せるのはろくでもない内容だと梨花は知っている。

だから信じていないという意味を込めて鷹野を鋭い目付きで見上げた。

慣れているのか鷹野はクスクスと笑うだけだが。



[あう…絶対何もなくないのです…]

「(でしょうね)」



『やっぱり来たこと無いと思います。

そんな覚え無いですし』


「そうですか……」


その返事に入江は書類の束を見ながら黙り込む。


恭輔は彼の様子を見ながら少し笑う。

入江が何について考えているのか判ったからだ。


『(なるほど、アレについてか。

また何か変な結果出しちゃったかな…

気をつけたつもりなんだけど…無理か、うん)

何か変な結果でも出てましたか?』


「えっ、あ、ああ、いや、そういうわけでは…ないのですが…」


口篭る入江。

その手から鷹野はサッと書類を奪い取るとクスクスと笑いながら恭輔に話しかけた。


「あら、恭輔くんって随分と体重が軽いのねぇ……

ちゃんと食べてる?」


『は……?』


「ダメよ?

育ち盛りなんだしちゃんと食べないと」


『え……』


これには流石の恭輔もポカンとする。


「……恭輔、今体重どれくらいなのですか?」


隣に戻って来た梨花が恭輔に訊ねると恭輔は思い出すようにしながら答えた。

『え?えーと……40少し、くらいだったかと』


それを聞いた梨花がピシリと固まる。

そのうしろで羽入も固まっている。

ちなみに恭輔の身長、圭一とレナのちょうど中間くらいで160cm台半ばである。

そのくらいだと60kg手前くらいがちょうどいい適正体重といえる。

ようするに恭輔、いくら細身でありえない数字ではないが軽すぎである。

年頃の少女が固まってしまうのもある意味仕方ないことかもしれない。


「よくこれで魅音ちゃんたちと遊べるわねぇ。

体力もつの?」


『外のゲームはあまり参加しないですから……って、なんの話なんですかさっきから』


「(クスクス)いいえ、なんでもないの。

ありがとう、聞きたいことは聞けたわ」


『はあ……じゃもう戻っていいです?』


恭輔が怪訝そうな顔をしながらそう訊くと入江と鷹野は一瞬アイコンタクトを交わして頷いた。


『それじゃ……梨花は残るのかな?』


立ち上がった恭輔は座ったままの梨花に声をかけた。

「みー、2人にお話があるのです。

恭輔は先に戻ってて構わないのですよ」


『そっか、分かった』


梨花の言葉に恭輔は頷いて保健室をあとにした。
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