short story

□奏でよう、桜色の旋律を
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「―――――今日は、どんな曲が弾けるかな」


++


 一人の少女が音楽室へと向かう。足早に、何かを求めるように、いそいそと少女は足を動かした。
 朝日が窓から差し込み、あまりの眩しさに少女は目を細める。しかし、足のスピードを落とすことは決してしない。
 そして、音楽室の扉を開く。ガラガラガラ、と、なるべく静かに、中にいる"彼"を不快にさせないように、ゆっくりと。


「おはよ、棗。今日はウチは二番乗りみたいやな」


 棗、と呼ばれた少年は、少女を一目見るや否や、すぐさま手に持っていた雑誌に目線を戻してしまった。しかし、少女にとってこれは"合図"。
 カタン、と椅子を引き、何も書かれていない楽譜を置く。ポロン、ポロンと少女は色々な音を組み合わせる。
 不協和音も交わった、不思議な音楽を彼女は創りだす。和音を一つ一つ丁寧に確認しながら、なるべく曲の雰囲気を壊さぬように。


「―――――そこ、不協和音じゃない方がいいんじゃないか」


 ふと、少年の指摘の声が聞こえる。少女はそれに反応し、もう一度和音を確かめる。確かにどこか気持ち悪くて、曲の雰囲気に合っていない。
 一音一音丁寧に調べ、一番この曲に合った和音を創りだす―――――それが、少女の"仕事"でもあるのだ。
 不協和音は少女がとても好きな和音。だから、この少女の楽譜に入っている不協和音は一つや二つばかりではない。かなりの数の不協和音が入ることもある。しかし、大抵そういう場合は暗く、そして重い曲になるのだが。
 だが、そういう暗くて重い曲を好む者も数多くいる。しかし、今回依頼されたのはそんな重い曲ではないのだ。


「春のような暖かい曲…」


 そう、それが今回のテーマなのだ。春のような、温かくて柔らかい旋律を、少女は考え出さねばならない。
 しかし、それが意外と難しいのだ。そして今、少女はそれに苦戦している。だから今日の朝、彼を呼んだのだ。
 天才生徒と言われ、そして少女の昔からの付き合いである幼馴染の―――――日向棗。誰しもが彼を"神童"や"天才"と呼んだ。そして、彼が得意とする曲調が―――――今回、少女が依頼された"明るい"曲調なのである。
 意外、と思う人も多いと思う。しかし、それを言ってしまったら、太陽のような明るい少女が暗い曲調を得意とするのも意外と言われるだろう。
 彼らは―――――二人揃って完璧な存在と言ってもいいくらい、正反対の曲調を使った曲づくりの天才だ。


「…で、俺に暗い曲調を作れと」
「まぁイメージがそうなんとちゃう? 棗、無口で冷血漢みたいなイメージ持たれそうやもん」


 棗の表情が不機嫌そうに歪む。流石にそれは言われたくなかったらしい。しかし、今反論しても彼女は絶対聞かないだろう。なんせ、曲作りに夢中になってしまっているのだから。
 仕方なく、棗は彼女の作業を静かに見ていることにしたようだ。音楽室が静まり返る。聞こえるのはピアノの綺麗な和音だけ―――――。
 音楽室の前にそびえ立つ木に生い茂った葉の隙間から、木漏れ日がキラキラと輝き、部屋の中を照らす。開け放った窓から涼しい風が通り、少女と、その脇で机に肘をつき、少女の作業を黙々と見つめる少年の髪を静かに揺らす。


「和音って不思議やよなぁ。たった一音違うだけでぶつかり合うような不協和音になってしまう。―――――それってなんか、うちらみたいな関係と同じ感じがするな。たまに意見が合ったり、それでも喧嘩になって、ぶつかったり―――――」


 少女は少年の方を一目見て、ふわりと笑う。そして、また言葉を続けた。


「この仕事も、きっとうちらに相手のことをよく分からせようとして、学園長が持ってきた仕事とちゃうやろか?」


 ―――――いつの間にか、朝練の時間は終わりを告げていた。

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