short story

□薇じかけの記憶の人形
1ページ/3ページ



 薇を回す音が聞こえる。陽も山の向こうに沈みかける夕方、紅い光りが差し込む中で、ひとりの少女は人形の薇を巻いた。何とも言葉で表現がしづらい音を立て、薇を回す。そしてその薇から手を離せば…人形は動くはずだった。
 しかし、今日に限って動く気配がない。何回も薇を回す。回す、回す。何回も何回も繰り返し、回す。……でも、それでも人形が動くことはなかった。
 少女は腰掛けていた椅子から立ち上がると薇を回す手を止め、開け放っていた窓を閉める。吹き込んでいた涼しい風が窓に遮られ、部屋の中はだんだん温かみを帯びてきた。
 椅子にかけてあったセーターを羽織ると、少女は人形を優しく、壊れ物を扱うかのように丁寧に、袋に入れた。そして、玄関へ向かい、ブーツに履き替えると扉を開けた。木枯らしが舞い上がる中、少女は震えつつも外へ出る。しっかりと鍵をかけ、首にはきちんとマフラーを巻いて、寒くないようにして。秋とはいっても、もうすぐ終わる。冬はすぐそこまで迫っているのだ、寒くないわけがない。少女はしっかりと、人形を入れた袋を優しく抱きしめるように抱えていた。


「寒いなぁ…」


 少女は一言そうつぶやきつつも、決して足並みを乱すことはしなかった。ただひたすらに、ある場所へ少女は向かっていた。葉が葉緑体を失い、黄色や赤などの色になったものが宙を舞っている。それがたまに顔に当たったり、肩をかすめたりもしたが、少女はそれを気にしたりはしなかった。
 ただひたすらに、目的地に向かって進むだけ―――――。暖かそうなマフラーで、少女は口元を隠し、俯いた。まるでこの冷たい風から逃げるかのように、彼女は俯いた。
 そしてそのまま歩く。歩く。コンビニやビル、さらにはゲームセンターまでもがないこの場所で、唯一少女が遊び相手としていつも一緒にいたのが今日動かなくなってしまった人形だった。だから、少女はその人形を治すために家を出たのだ。
 両親は昔のうちに他界している。今、あの家にいるのはどうせ自分ひとりなのだ。人形がなければつまらない。


「あ、見えた」


 そう言って少女は顔をほころばせる。マフラーにうずめていた口元を覗かせ、ニコリと笑った。少女の目線の先には、年季の入った家のようなお店が一つ、佇むようにそこにあった。周りの人には古ぼけたただの屋敷にしか見えないであろうその店は、少女にとっては天国のような場所だったと言っても過言ではないだろう。なんせ、その屋敷こそが今回少女が用のある店なのだから。
 カランカラン、と音がして、少女は小走りになりながらも店の中へと駆け込む。暖炉に薪がくべられ、炎はとてつもない勢いで燃え盛っていた。それを横目に見ながら、少女は一直線にカウンターへと向かう。カウンターに置いてあったベルを一回チリンと鳴らすと、奥の方から誰かがこちらへ向かってくるような気配がした。少女はそれに気づくとほっとしたように微笑んだ。
 奥の方から出てきたのはサラサラに黒髪に紅く光る瞳が特徴的な少年。その姿を見ると、少女はすぐに少年に駆け寄った。


「今日はちゃんと起きてたんやな」
「どう言う意味だ」


 そう返されても仕方ないと思える少女の質問に、少年は不機嫌な声色で答えた。いや、答えにはなっていないが。
 少女はハッと我に返り、要件を少年に伝える。この人形が、薇を回しても動かないのだと。すると、少年はその人形を持って奥へと戻っていってしまった。しかし、それは彼の了承の合図。少女にはそれがわかっている。だから少女は顔を綻ばせているのだ。そして、暖炉の方へ向かい、その暖炉の手前に合った椅子に腰掛ける。座り心地のいい椅子だ、と思った。
 暖かい熱が体を温めていく。さっきまでのあの寒さが嘘のように感じるくらい、暖炉の前というのは温かいものだった。しばらく暖炉の前で温まっているうちに眠くなってしまったのだろう。少女は椅子に深く腰掛けながら意識を手放した。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ