short story

□猫が、鳴いた
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 みゃあ、と猫が鳴いた。


◇◇


 自転車を取りに、駐輪場へ向かう。これはいつものことだ。軽い足取りでそこへ向かう。
 ―――――そして、そのまま家に帰れるはずだった。


「………なのに、なんで自転車のサドルがないの?」


 おそらく最近多発しているいたずらだろう。それにしてもあまりに珍しい盗人さんだな、と思った。普通、誰が自転車のサドルを盗むだろう。いやむしろ、盗む必要はないだろうに。その犯人はきっと自転車好きなんだな、と勝手に思い込むことに決めた。
 …しかし困った。
 自転車がなければ帰れないというのに、肝心なサドルがない。しかも、いつも以上に今日は荷物が多いのだ。押して帰ろうか、と思い、前かごにあるはずの荷台に荷物を取り付けるための紐を取ろうと手を伸ばす。―――――ここでまた、新事実が発覚した。


「紐まで…行方不明ですか?」


 呆れたように少女はつぶやいた。しかしこれでは帰れない。
 さて、困ったな…。
 少女はあたりをぐるりと見回す。紐の代わりになるようなものも、何も落ちてはいなかった。
 すると、『何やってんだ』という聞き覚えのある低い声が耳に届く。声のした方へ顔を向けると、そこには幼馴染で腐れ縁の、彼の姿が―――――……。


「え、あ、これ? …サドルと紐、盗まれただけ」


 『はぁ?』という少年の呆れるような声が聞こえた。…反論したいのは山々だが、今はとにかくこの長馴染みを使うしかないだろう。そう直感で感じたのか、少女は逃げようとしていた少年の制服の袖を引っ張った。
 捕まった少年はため息をつきながらも少女の方に向き直る。少女はそれを見て、勝利の笑みを浮かべる。


「ね、一緒に帰らない?」


 前カゴは使えても、後ろに荷物が乗せられないのなら意味がない。少女は少年に持っていた荷物を手渡し、にこりと微笑んだ。
 少年は渋々とそれを受け取り、自転車のかごに入れる。
 そして、二人揃って自転車を押しながら校門をくぐり抜けていった。


「棗がいてくれて良かった…。ほんとに助かったよ。―――――ありがと」


 少女は少年に向けて、満面の笑みでそう言った。
 その時、少年の顔が赤くなったように見えたのは彼女の見せる、滅多に見せない笑顔のせいなのか、それとも空を赤く、紅く染め上げる夕日のせいなのか―――――、それを知るのは少年、ただ一人。


 黒猫が塀の上で可愛らしく『みゃあ』と鳴いた。
 そして擦り寄ってきた白い猫に、黒猫もまた擦り寄っていく。

 ―――――それはまるで、少女と少年の未来を描いているかのような―――――。







*end...

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