short story

□ピアノは彼の心情表現
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 ――――――――――ピアノの音色が、聴こえる。



◇◇



 少女は2階にある音楽室から聞こえてくる音色に耳を澄ませていた。奏でられる旋律はどこか悲しそうな印象を与えるもので、少女はいつもと違う音色に少しの戸惑いを見せていた。
 ――――――ここにいて、いつも夕方になると響いてくる旋律。
 少女は、それが好きだった。しかし、今日の音色はどこか違うのだ。何かに対し、とてつもない悲しみを持っていて、それを音で表現するような―――――聴いていて、とても悲しくなる旋律。


「どうしたのかな…?」


 ふと思い立ち、少女は席を立った。教室から飛び出すように駆け出す。実を言うと少女は、夕方になってから音色を奏でる人の顔を見たことがない。
 "見たい"と思う好奇心も入り混じる中、少女は階段を駆け上っていった。
 誰が弾いているのだろう、どういう人なのだろう、という興味も湧いてくる。
 音楽室の扉の窓から中を覗く。すると、ピアノを弾いている人の表情が見えた。
 ――――――音と同じ、悲しい気持ちを押し殺したような表情をしている。
 そして、ピアノを弾いている少年には見覚えがあった。実際話したことはないが、どこかですれ違う程度のことはあったように思う。
 どこか他人と違う雰囲気もまた印象深い。


 すると、少年が顔を上げた。目があったわけではないが、ぱっと少女は壁に姿を隠す。
 ――――――綺麗な紅い瞳はしっかりとした意思を持っていた。一瞬見ただけでもそれがわかる。そして少女はそんな瞳に魅せられた。
 そしてまた、ピアノの音が響き始めた。少女はまたこっそりと中を覗く。―――――すると、少年と目が合った。


「………何やってる」
「あ…えと、その…っ。……ごめんなさいっ!!」


 慌てて少女が自分が元居た教室に戻ろうとする。
 しかし、それは少年からかかった制止の声によって足を止めざるを得なくなった。
 もう一度振り返ると、少年の赤い瞳がしっかりこちらを見据えているのがはっきり分かった。
 『どうして見ていた?』と問われ、少女は少し返答に困った。正直に言っていいものなのか、と悩む。

 ――――――ここは腹を括ろうか。

 そう思い、一瞬は躊躇ったが―――――恐る恐る口を開いた。


「いつもと―――――音色が違うなって思って」


 そう言うと、彼は訝しげに顔を歪める。このピアノはいつも使っているピアノ、音色が違うわけがない―――――と、瞳がそう物語っていた。
 しかし、彼女は感じた。いつもと違う、"悲しい"ような、そんな気持ちを。だから音色が違うように感じたのだろう。


「えっと…、…何か辛いことでもありましたか…?」


 それを聞いた瞬間、少年の瞳は動揺したように揺れる。―――――――――――図星だったようだ。
 何故分かったのかとばかりに尋ねられる。理由は簡単、ピアノの音色から伝わってきたから。
 ――――――ただ、それだけ。
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