短編
□キヲク 〜消えない想い〜
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身体のあちこちに包帯を巻き、松葉杖をついて、夜の街を歩いていた時だった。
「……」
笠を被った人物とすれ違い、振り返った。
が、もうそこにはいなかった。
恐らく、いや…あれは高杉だったのだろう。
そして、あの定々(おとこ)を殺ったのも……。
街を抜けた後、少し離れた所にある公園に向かった。
そこには小高い丘があり、街を見下ろすことが出来る。
ほぼ無意識に、俺はそこに行き、座って街を一瞥した後、夜空を見上げた。
不意に、様々な想いが溢れてきて、目を閉じた。
子供の頃の幸福な時間が過ぎて、何気なかった季節が変わって、いつか大人になって、その時の『今』を手放して……。
あの頃は考えもしなかった。
先生がいなくなり、二度と逢えなくなることなど。
先生の顔や声を、もう見る事や聞く事が不可能だとしても、思い出すことだけは、いつでも誰でも、すぐにできる。
もちろん、ヅラや高杉にも。
理屈では解っていても、一番納得出来ないのは高杉だろう。
だから、あいつは復讐を望んでいる。
……何故、こうなってしまったのか。
時が流れて行けば、景色は変わっていき、季節が移り変われば、みんな変わってしまった……。
ヅラは、最初こそは過激な方法で国を変えようとしていたが、今は犠牲を出さずに国を変えようとしている。
でも高杉は、昔よりも憎しみを抱えて、この国を壊そうとしている。
壊すものの中に、大切なものはもう無いからだろうか。
それでも、良い事や嫌な事や忘れていた事を思い出して欲しい。
変わってしまった過去の宝物でも、あの時と同じままで。
目に見えなくても、言葉が届かなくても、『今』があるということに。
目を開け、再び夜空を見る。
少し目を閉じていただけなのに、いろんなことを考えていたものだ。
こういう時に、人は便利に出来ていると思う。
昔のことや、ヅラや高杉のことを考えていても、『今』をいつでも感じられるから。
『仲間を、みんなを、護ってあげてくださいね』
「…!」
『約束…ですよ』
先生の声が甦り、思わず周りを見た。
「……あぁ。約束だぜ。先生……」
俯き、もう一度夜空を見上げた後、俺は万事屋に帰ることにした。
もう会えなくても、声が聞こえなくても、先生の姿はいつでも、キヲクの中では、いつも笑っているから。
自分の中に、いつも、ずっと、きっと、思い出せる『今』があるから……。
完