SHORT

□rainy day
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もう一体、何日まともに眠れていないのだろう。
この時季はいつもの事だけれど。
何故今回に限ってこんなにも落ち着かないのだろうか。
無性に、どうしようもなく彼に逢いたい。
自分の中に、甘えが出て来てしまったのだろうか…。



++++++



うるさい父親の朝の挨拶を受け流し、いつもより少ない量の朝食をとる。
学校に着いても、友人達と挨拶を交わしても、授業が始まっても、どこかぼんやりとしてしまい、上手く身に入らない。
おまけに気分は沈む一方で、何とか持ちこたえようとすればする程、自分を取り巻く空気が張り詰めていく。
それを見兼ねてか、水色が声を掛けてきた。


「一護大丈夫?大分顔色悪いけど…」
「ん?ああ、大丈夫だ。」
「って言いつつ空気ピリピリしてるけど?」
「……」
「このまま残っても、放課後啓吾にしつこくされるだけだと思うけどなぁ。一護のノリが悪いなんて知ったらどうなるだろうなぁ。」
「…わり、水色。頼むわ。」
「駅前に新しく出来たコーヒーショップで頼まれてあげる。」
「…おぅ。じゃあな。」


ばいばーいとにこやかに手を振る水色に見送られ、足早に教室を去る。
彼はいつも上手い具合に自分をその場から逃がしてくれる。
誰も傷付けたくないとする一護の気持ちを一早く察して、助け船を出してくれる。
何度それに救われたか。


しかしまた、自分は甘えているのだろうか。
せっかく友人がくれた好意も、今の自分の考えでは台無しにしてしまう。
そんな思考を振り切るようにして学校を抜け出す。
校門から出ると、そこからはもう余り記憶にない。
走って、ひたすら走って彼の人の元へと向かう。
あの人とは恋人同士ではないけれど。
あの人は甘えを許さないけれど。


ここで甘さを見せればこの関係は崩れてしまうかもしれない。
もう二度と、相手にもしてもらえないかもしれない。
けれど、それでもいいと、思ってしまう。
今自分が抱えるこの言葉にも形にも出来ない想いが、抱えきれなくなってしまえば二度と自分はこの場にはいられなくなるということがわかるから。
この感情を受け入れてもらえるにしろもらえないにしろ、とにかく逢いたい。


あの人に。
浦原喜助に。
逢いたい。


息咳切って漸く辿り着いた浦原商店。
挨拶もそこそこに、ズカズカと店内に足を踏み入れる。
目指すは浦原の自室。
距離があるわけでもないのに、今日はやけに長く感じる。
それ程に焦っている自分がいる。


「おや、黒崎殿いかがされました?」
「わり、テッサイさん。ちょっと邪魔するな。」


一護の態度に疑問を抱き声を掛けてきたテッサイに、俯いたまま聞こえるかどうかもわからない程の声量でおざなりに言葉を返し歩を進める。
いつもと違う一護の纏う空気に、テッサイはもう何も言わなかった。


++++++


すらり。
声も掛けずに開けた障子は滑らかな音と共に開く。
中にはこちらに背を向けた状態の浦原と、その膝の上に猫姿の夜一がいた。


「何じゃ一護帰ったのか。どうした声もかけず…」
「夜一さん。」


声もかけずに入室するなんて珍しい、と続く夜一の言葉を遮って一護がわりぃ、と口を開く。


「ちょっと浦原さん借りていいか」


いいかと聞いてくる割には否とは言わせぬ声音で話す一護に些か驚き、仕方ないの、と腰を上げる。


「儂のモノではないからの。好きにせい。」
「ごめんな。」


ふわりと軽い動作で浦原の上から退くと、音もなく窓から出ていく夜一を見送ったと同時。
その見た目よりも広い背中に額を押し宛て、座り込む。


「何スか?甘ったれるなら余所に…」
「ごめん、」
「……」
「ごめん、…ごめん、なさい…」


わかっているから。
今日だけ。いや、今だけ。
ほんの少しの間でいいから振りほどかないでほしい。
はぁ、と吐き出される溜め息に、ビクリと肩が跳ねるが、それでも引き離されなかったことに安堵して少し息を吐く。
走ったせいと、緊張と安堵と。
様々なものが入り交じって、中々呼吸が整わない。


「5分…だけで、いいから、」


お願いだから振り払わないで、何も言わないで、傍にいさせて。
羽織を握る手に力が入り過ぎてカタカタと小さく震える。
そのままにさせておいたが、震えは中々治まらない。
流石に不味いかと、浦原が一護に声を掛ける。


「…いつから?」


声を掛けられた一護の体が大袈裟に跳ねる。


「な、に…」
「いつから寝てないんスか?」
「……、」
「答えないなら追い出しますよ。」
「っ、…一週間、くらい…」


我慢が大の得意な一護だ。
一週間どころではなく、一週間以上まともに眠れていないのだろう。
その言葉に大袈裟にはぁ、と溜め息を吐くと、またビクリと跳ねる一護の肩。
浦原に呆れられたと思ったのか、羽織からぱっと手を離し、身を引こうとする腕を掴んで畳に押し付けるように押し倒す。
呆然と浦原を見つめる一護と、今日初めて視線が合う。


「ヒドイ顔。」
「っ!」


顔を見られたことに慌てて顔を反らす。
クマも浮かんで青白く、目には今にも零れそうな涙を浮かべているのに、絶対に涙は流さない一護。


「泣きたいなら泣けばいいのに。」
「…泣か、ない」
「ふぅん。」




―――じゃあ、泣かせてあげる。



不穏な笑みを浮かべた浦原の顔が近づいてくる。
それをただ、見つめるしかできなかった。
あとはもう、この男がもたらす熱と激情に、ただただ流されるだけ。


++++++


いつの間に気を失ったのか、煙草の香る気配にふと目が覚めた。
開けられた窓に目を向けると、煙草を吹かしてこちらに背を向け、下衣だけを身に付けた浦原の姿が目に入る。
月の光を浴びた姿は、浮世離れしていて酷く美しい。
その背に幾つかの赤い筋を見つけて一瞬息が止まる。
…あれは自分がつけたのだろうか。
冷たい男から与えられる熱に耐えられなくてその背にすがった痕だった。
どうしよう、いけないものを見てしまった気分だ。
羞恥で顔を布団に埋めていると声が掛かった。


「目が覚めましたか。」
「あ…うん、」
「大丈夫ッスか、体。」
「だい、じょうぶ…」


まさかそんな心配をされるとは。
益々いたたまれない。
真っ赤になる顔を更に布団で隠していると、浦原が話を続ける。


「そんなに溜め込む前に、アタシを利用すればいい。
「…え?」
「アタシもキミを利用してたんだし、オアイコっスね。」
「……」
「…まぁ別にアタシじゃなくても誰でもいいと思いますが。」


何を。
何を言われているのか。
自分はそんなつもりでここに来た訳ではないのに。
頭が真っ白になる。


「…黒崎サン?」


何も言わない一護に再び浦原が問いかけるのを遮って怒鳴る。


「そんなつもりで来たんじゃねぇ!」
「……」
「利用するとかされるとか、何なんだよ!」


利用されてることは、気付いていた。
それでも自分の意志でここにいる。


「誰でもいいとか、いいわけねぇだろ!」
「……」
「誰とでもこ、こんな…、こんなこと出来るかよ!」
「……」
「俺は、アンタが…、アンタだったから!ここに来たんだ!逢いたいと思ったんだ!」


そんくらいわかれバカ!!
と最後に怒鳴りつけて布団を被る。
残された浦原は目を見張り、呆然と盛り上がった布団を見つめる。
一向に布団から顔を出さない一護を見つめ、先程ぶつけられた言葉達を思い出すとくつくつと笑いが込み上げる。
本当に、この子供は予想外なことばかりする。
普段どんなにつつこうとも、絶対に洩らされることのない子供の本音。
それでも素直に口に出来なくて先程の言葉。
可笑しくて、愛しくて堪らない。

漸くして笑いが治まり、久々に笑い過ぎて引きつる腹筋をなだめつつ布団へと近付く。
さっきの勢いのまま寝付いてしまったのか、一護は眉間に深く刻まれた皺としかめた顔のまま眠っていた。
それにも笑いが込み上げてくる。
いい加減腹が痛い。
どうにかこらえて、起こさないように橙色の髪を撫でる。


「本当にキミは想定外だ。」


いいでしょう。
アタシしか見えないようにぐずぐずに溶かして、与えて、どうしようもなくして。
そうして苛め抜いてあげる。
酷く不穏な言葉を、酷く優しい表情で語りかける。
そのまま一護の隣へ潜り込み、その細い体を抱いて眠る。
その感覚に、一護の眉間の皺も、少し和らいだように見えた。



++++++



「店長、黒崎殿。朝ですぞ。」


朝食の用意が整いましたので、どうぞ下まで。
という声に意識が浮上する。
今何時だ…と唸っていると、頭上から声がかかる。


「オハヨーゴザイマス。黒崎サン。」
「ん、おはよ……う!?っぃ、」


掛けられた言葉に条件反射で返事をし、何かおかしいと飛び起きるが上手く力が入らず布団に沈む。


「オヤ、大丈夫ッスか?」
「なっ、なんっ、なんっ、!?」


思考が追い付かず、言葉にもならない。


「何でって、眠れないからってここに来たのはキミでしょ。」
「え…、」
「まさか、覚えてないの?」


覚えては、いる。
いるけれども、記憶があやふやだ。
何か色々、とんでもないことを口走っていた気がする。
顔を赤くしたり青くしたりしている一護に、浦原が話を続ける。


「でもまぁ、少しは眠れたんスかね?」
「あ…、」


そう言えば、頭痛も靄もかなり和らいだ気がする。


「あっ、と、その…ごめん」
「何が?」
「めい、わく…かけた。」


ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ一護に浦原が言葉を返す。


「全くっスね。」
「っ、…」


わかっていたが容赦のない一言が返って来るのを俯いて耐える。


「でもまぁ、ああやってどうしようもなくなって、アタシにしか本音を吐かないキミも悪くない。」
「え…」
「次からはそこまで溜め込まずに小まめに来なさいな。でないと大事なオトモダチ達が心配しますよ。わかった?」
「ぁ…、えと、ごめん…」
「こういう時はごめんじゃないと思いますが。」
「…と、あり、がとう…」
「ハイ、良くできました。さて、着替えて顔洗ってらっしゃいな。」


昨夜とはうって変わった浦原に戸惑うものの。頭の整理がつかないので言われた通りに動く。


「ああ、それから一護サン。」
「…え?」
「キミはもうアタシのものだから。他の誰ともこんなことしちゃ、ダメっスよん。」


じゃないとアタシ、何するかわからないから。
と言う言葉と共に、ちゅっ、と軽いリップ音が唇に降ってくる。
呆然と立ち尽くす一護を満足気に見やり、浦原が部屋から立ち去ると、真っ赤になって口許を押さえてその場にへたりこむ。
何が、起こった?
その後再びテッサイから遅刻しますぞ、と声を掛けられるまで動けなかった。


もう、頭痛も靄もなくなっていた。









rainy day
(凍える手をかざして 現れた君を見て)
(泣き出しそうになったのは 悲しみのせいじゃない)
 

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