SHORT

□Baby Panic!
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その日、事件は瀞霊廷…否、六番隊で起きていた。



++++++



総隊長への定期報告を終え、頼まれた書類を届けるべく六番隊へと足を進める一護。
戸を叩こうと腕を上げた時、何やら子供の泣き声のようなものが聞こえ、その手が止まる。


(今何か…いや、聞き間違えか?)


幻聴がするほど自分は疲れているのだろうかと思うが、とりあえず届けるものは届けねば。
コンコン、と二度叩き扉を開ける。


「ちはー。これジィさんから頼まれた……」


んだけど、と続く声は開いた口からどこかへ逃げたようだ。
あの。あの。あの朽木白哉の腕に赤ん坊が抱かれているように見える。
やはり。自分は疲れているのだろう。この書類はそこの机にでも置いて、さっさと帰ってとっとと寝よう。そうしよう。
うん。と自分の中で話をつけ、じゃあ、と踵を返そうとすると、ガシリと恋次に後ろ襟を掴まれる。


「待て待て待て!全部声に出てんぞ!帰さねえぞコラ!!」
「いや離せよ。どうやら俺は幻覚が見える程に疲れてるみたいなんだ!さっさと帰って寝る!」
「バカか!幻覚な訳ねぇだろ現実だ!!」
「じゃあいつ白哉に子供出来たんだよ!?そもそも再婚したのか!?」


ぎゃあぎゃあと言い合いをしていると、大人しかった子供が再び泣き出し、白哉からうるさいとお叱りを受け、それに慌てて口をつぐむ。
白哉にあやされ、徐々に落ち着きを取り戻す子供に恐る恐る近付く一護と恋次。
白哉が子供をあやす…正直かなり恐ろしい絵面だと思う。
子供を脅かさぬよう、極力押さえた声音で会話をする。


「うちの隊士のガキなんだがよ、任務が下っちまって、ここで預かることになったんだが…」
「え、大丈夫なのかよ?他の家族は?」
「危険な任務じゃねえし、二、三日で戻って来る。嫁さんも体が弱いらしくて今面倒見れる状態じゃないんだと。」
「何だ…白哉の子じゃねぇのか…」


どこかほっとしたように呟く一護を黙って見つめる白哉。そんな二人に気付かず、恋次は話を続ける。


「しかし困ったことに隊長以外に懐かなくてよ…」
「…白哉に懐くのも相当すげぇと思うけど…お前の顔が怖いんじゃねぇの?」
「うるせぇ!顔はしょうがねぇだろ!」


またもや恋次が声を荒げてしまい、子供が泣き叫ぶ。
慌てる恋次に白哉の絶対零度の視線が突き刺さり、一護を含め周りにいた六番隊隊士達の肝も冷える。
今度ばかりは泣き止まない子供に、流石の白哉も些か困っているようだ。
それに気付いた一護が抱かせてくれ、と白哉の腕の中の子供に手を伸ばす。
大丈夫かと思案顔で子供を手渡す白哉に一つ頷くと子供を受け取って抱き上げ、そして優しく背を叩いて子供に声を掛ける。


「ほら、もう大丈夫だぞ。」


子供に頬を寄せ、あやす一護の声にぴたりと泣き止み、きゃらきゃらと笑いだした。
その光景に一同は唖然。
どんなに宥めても泣き止まない子供は、突如現れた子供に懐いている。
何とも複雑な物言いだ。


「お、泣き止んだな。父さん母さんいなくて寂しいもんな。お前はいい子だな。」


子供に語り掛ける一護の表情はあまりに柔らかで、誰もが釘付けになる。
あの白哉でさえ、言葉が出ない。
恋次に至っては顔を赤らめている。


「なぁ、こいつ名前は?」
「ふおぅ!?あ、ああ、陸って言うらしい!」
「?何赤くなってんだよ、熱でもあんのか?」


そう言って恋次の額に手を伸ばす一護にだだだだ大丈夫だ!とどもりながらその手を避ける。
変な奴だなと呟く一護から更に質問が投げ掛けられる。


「今何ヶ月くらいなんだ?7、8ヶ月くらいに見えるけど…」
「おお、今7ヶ月半だとよ。つーか何で分かるんだよ?」
「んー?何となく?つーかミルクか何かないのか?こいつ腹空かせてるぞ。」


何となくでわかるものなのか、疑問は拭えないが、それ以前に子供の扱いが手慣れ過ぎている事も気になるのは恋次だけではないはず。その場にいた全員が思ったことだろう。
しかし、子供の空腹まで見抜くとは…。
そこの鞄に入ってると伝えれば早速中身を漁りだし、目当ての物を見つけると給湯室へと去って行く一護を未だ呆然と見送る。


「…隊長、あれいいんすか?」
「…好きにさせておけ。これ以上業務が滞るのは頂けぬ。皆も持ち場に戻れ。」


その白哉の一言に漸く我に返った隊士達が慌てて業務を再開する。
そんなことは露知らず、調乳を終えた一護が陸を連れて戻ってきた。
ここ借りるぞーと目当ての長椅子に腰掛け、授乳を始める。
…やはり手慣れている。
そして眉間の皺の数が少ない。
余程空腹だったのか、貪りつくようにミルクを飲む子供に美味いか?と尋ねる姿はまさに母親さながら…
これでは気になって業務に集中出来ないと、恋次が質問をしようとするが…。


「なぁ」
「んー?」
「なぁ」
「んー?」
「おいってば!」
「あ?何だようるせーぞ。」


子供が驚かない程度の、それでいて恋次が怯む殺気を込めた目で睨み付ける。
それはもう、蛇に睨まれた蛙状態。
あ、いや…と言葉に躓くと、用がないなら邪魔するなと突き放され、ヘコむ…。
やれやれと白哉に溜め息を吐かれ、すごすごと仕事に戻る。


漸く満足したように哺乳瓶から口を離した子供を今度は縦抱きにして背中をさするとけぷ、とげっぷをする子供。そのままうとうととしだした。
子供が寝付いたのを見計らって横抱きにし直し、その様子を眺めていれば自然と頬が緩む。
そこへ、白哉へと書類を提出した恋次が覗いてきた。


「寝たのか?」
「あ?おう。ぐっすり寝てるぜ。」


見れば確かによく眠っているようだ。
ふっくらとした頬に力が抜けきってぽかりとあいた口、ふにふにと音がしそうな丸みを帯びた手は一護の死覇装をしっかりと握り締めている。


「しっかしよく懐かれてんな。何でそんな手慣れてんだよ?」
「あー、妹も見てたしな。それとたまに、患者さんの子供預かったりしてたから。」
「お前ん家、託児所なんかやってたか?」
「いや。子供の親が診察受けてる間とか、母親だけで気晴らしにお茶飲みに出掛けたりする、ほんのちょっとの間だけだ。」
「ほぉー。それにしちゃ板についてんな。」
「口コミで広められちまって、一時頻繁だったからな。嫌でも慣れるだろ。」


余所様の大切な子供を一介の学生、ましてや資格も何も持たない一護が預かるだなんてとんでもない話だと乗り気ではなかったが、どうやら一護の面倒見があまりに良かったらしく、近所で評判になってしまったらしい。
あの時は本当に参ったと、心底困った顔で一護が語った。
何気に苦労性な一護に同情の視線を送ると、そう言えば、と話しかけられる。


「どっか寝かせられるとこないか?」
「私の部屋を使え。ここよりは静かだ。」
「ん、さんきゅ」


あの白哉が仕事部屋を貸すだなんて…と驚きを隠しきれない恋次が一護の背を眺めていると、布団か何かないのかと問われ、慌てて追いかけた。



++++++



「じゃあ書類も渡したし、俺はこれで帰るな。」
「は?おめーがガキの面倒見てくれるんじゃねぇのかよ?」
「…いつそんな話が出たよ」


用事が済んだからと、隊首室を後にしようとした一護を恋次が引き留める。


「だって俺達には懐かねーし隊長も仕事あるし。おめーしかいねぇじゃねぇか」
「…その結論がどうよ。女の人だっていんだろ?」
「女に頼めば仕事は進まねーし、隊長の近くに居れるって付け上がるだけだぞ」
「ひでー言い草だな」
「事実だから仕方ねーだろ。ですよね?隊長。」
「……。」


沈黙は肯定。
どうにも自分に逃げ場はないらしい。
最後の足掻きで滞在する場所も宛もないと言うと、あっさりと朽木邸へと提案される。
それに何とも言えない表情で頷く一護に恋次は疑問を抱いたが、あまり気にしないものとした。



++++++



白哉が帰宅すると、いつもとは違った食事の香りが漂ってきた。
ああこれは、一護の料理だ。
帰宅した旨を告げようと調理場を覗けば、子供を背負ってちょうど味噌汁の味見をしようとしている一護を見つけた。


「おぅ、お帰り。もう出来るからルキアに声掛けてくれよ。」


白哉の帰宅に気付いた一護が振り返って微笑み掛ける。
自分は家を間違えたかと思える程、温かで不思議な光景だ。
諾の意味で頷き、ふと昼間の一護の一瞬の悲しみと安堵の表情を思い出して一護、と小さく呟いた。
聞こえないだろうと呟いたそれは一護に聞こえていたようで、ん?と優しく振り返るものだから思わず抱き締めた。


「びゃ!?ど、どうしたんだよ…?」


突然の珍しい白哉の行動に慌てる一護を、陸が苦しくならないように気遣いながら更に抱き締めた。


「昼間、何を考えていた?」
「…ぇ、」
「貴族で当主だから兄が知らぬ間に子供がいてもおかしくないと、諦めたのか?」
「……、」
「そのようなこと、ある訳がなかろう」
「…けど…、」
「確かに今後、そのようなことがないとは言い切れぬ。緋真とは子供をもうけなかったからな。見合いの話しも来るだろう。」
「…うん…、」


珍しく饒舌な白哉の言葉に耳を傾ける。
正直耳を塞ぎたい話だが、これは通らずにはいられない話。
今逃げても何れは逃げられない。
だったら今聞いてしまおうと、腹に力を入れる。
情けなくも、震えてしまわないように。


「だがそれでも、私は兄を手離す気は毛頭ない。」
「え…」
「子供をもうけねばならなくなった、授かった。その旨は全て兄にも伝えよう。その時に兄が判断すればいい。」
「判断…?」
「それでも私と共に在るか、離れるか。」
「…っ、」


想定の、例え話であっても耳と胸がズキズキ痛い。
傍に居たいけれど、他の人との間に出来た子供を見るなんて堪えられないだろう。
世継ぎのためだけと言っても、女の人に触れるだなんて。
ああどうしよう。こんな女々しい自分は知らない。




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