SHORT

□その笑顔が見たくて
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黒崎一護。20歳。フリーター。
明日から家政夫になります。



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ビルの窓拭き清掃が一段落した昼下がりの午後。いつものように公園のベンチで一人寂しく弁当をつつく。
あのマンションいつ見ても高ぇなぁ…金持ちの変な奴ばっかり住んでそう。
なんて思いながら昼食を済ませるのが日課になっている。一人の時間は嫌いではないが、こうも続くと自然と心の中での一人言は増える一方だ。さて今日の晩ご飯は何がいいだろうと考えていると、目の前に人が立つ気配を感じて顔を上げると、大きく口を開けた幼稚園児と思わしき女の子が立っていた。


「あー」
「……。」
「あー」
「……。」
「あー」
「……これが欲しいのか?」


あーと口を開けて待つ子供は、どうやら一護の弁当の中身が目当てだったらしく尚も口を開いている。そこに一つ卵焼きを放り込んでやれば途端に瞳を輝かせるから、次々に与えてしまう。何だか雛に餌を与えてる気分だ。
美味しいっス!!
一層女の子らしくない言葉遣いをしながらも、子供はにこにこしながら弁当を平らげていく。
深い緑色の髪に同じ色の瞳。肌は透き通る様に白くて外人かと思ったが、先程日本語を話していたから丸っきり外国仕様というわけではなさそうだ。自分も大概奇抜な髪色をしているが、この子も中々負けていない。けれども綺麗な色だなぁと眺めていると大人が一人走り寄ってきた。


「ネル!」


…う、わぁ……
木の合間を駆け抜けて来たのはなんとも綺麗な顔をした男だった。
上質なスーツに身を包み、履いている革靴も高そう。スラリとした上背に月色の髪をしたモデル並のルックスを持つ男がこちらにツカツカと近寄ってくる。


「ネル、急にいなくなったら驚くでしょう」
「パパ!」
「!」


パパ。この子の父親だったのか。
よくよく見てみれば、顔立ちが似ている様に思える。随分顔立ちの整った親子に妙な納得がいく。共にベンチに腰掛けて食べさせてやっていた一護は箸でおかずを摘まんだままの体勢でぼけっと二人のやり取りを眺めていたが、再び子供がおかずに食いついたことで我に返った。


「キミも…ごめんね、せっかくのお弁当。お代払うから。」
「ぇ…ああ、いえ。残り物詰めただけなんで気にしないで下さい。」
「申し訳ないっスよ。ホラ、ネルも彼に謝ってお弁当返しなさい。」
「いやっス!まだ食べるっス!!」


弁当から引き離そうとする父親の腕からスルリとすり抜けて一護にしがみつく。結構な勢いにうおっとバランスを崩すがどうにか抱き留めて体勢を保つと、護の腹部に顔を埋めてうりうりとすりついてくる小さな頭をぽんぽんと叩いて顔を起こさせる。


「ホラ、全部やるから顔上げろよ。俺作業着だからお前が汚れちまう。」
「お前じゃなくて、ネルっス!」
「え?」
「ネリエルだからネルっス!」
「あー、ネル?」
「はいっス!」
「汚れるから、な?」


名前を呼んでやれば嬉しそうに一護を見上げて笑うから、困った顔で笑って離れることを促せば大人しく従う子供…基、ネル。
座り直したのを見届けてから弁当を差し出すと弁当箱を抱えて食べ出した。ご飯粒を口の周りにつけて、それでも夢中で食べる姿が余りに微笑ましくて頭を撫でてやればにへーっとネルも嬉しそうに笑った。
その様子をじっと見つめる父親の視線に気付いて、咄嗟にすみません、と手を引っ込めるといえ、と首を振った父親がネルの隣に腰掛けた。


「ネルがこんなに食べるのなんて、初めて見ました。」
「え…」
「シングルなもので。家政婦さんに作ってもらったものも、僕が用意したものも余り食べてくれなかったんです。」


だから驚いてしまって、と苦笑いを浮かべる父親にそうなんですか…としか返してやれず、再びネルを見つめる。
余り食べないなんて、そんな風には見えない食べっぷりを披露するネル。ぶきっちょ気にも箸を懸命に遣って最後の一口を頬張るとぷはーっと満足気に息を吐いた。


「ネル、ご馳走様は?」
「ごちそうさまっス!おいしかったっス!えっと…」
「お粗末様でした。俺は一護。黒崎一護だよ」
「いちご!いったんっスね!!」

いったん、いったん、と一護の名前を真剣に覚えようとしきりに繰り返す。
いったんだなんて子供の頃にも呼ばれたことはないが、ネルは若干舌足らずなようなので苦笑いでその呼び名を受け入れた。だって"いちご"の発音が"いつご"に聞こえるのだ。


「いったん、またご飯作ってくれるっスか!?」
「は!?あーっ…と、」
「ネル、黒崎さんを余り困らせないで」


一護の名前を繰り返し呟いていたと思ったらくりん!と音がしそうなくらい大きな目を輝かせて振り返り、余程一護の料理が気に入ったのか食事のおねだりをされた。これくらいの歳の子は確かに突飛もないことをよく言うが、まさか飯が食べたいから家に来てくれなんて言われるとは思ってもみなかった。ネルの父親すら唖然としている。(唖然としていてもハンサムぶりが全く崩れないから羨ましい!)


「いったんのご飯おいしかったっス。もっともっと食べたいっス。おうちにきてくださいっス!」


うるうると涙まで浮かべて訴える子供をどう宥めようか、かわそうか、必死に思考を巡らせるが迫りくる小さい影にベンチの端まで追いやられる。
結構なピンチの状況をどう切り抜けよう。その場しのぎの適当な誤魔化しはしたくないし、かと言ってじゃあお邪魔しますなんてことも言えない。やはり、はっきり断る方がお互いのためだろう、そうだろう、と変な意気込みを入れて口を開こうとした時、一護の声にネルの父親の声が被さった。




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