太陽色
□意地悪な神様へ
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「娘さんの心臓の穴は、もう、自然には塞がりません。ドナーを待つしかないでしょう」
病院のベッドのカーテン越しに聞いた言葉は、10歳の私にはあまりにも残酷すぎる言葉だった。
私の病気は【心房中隔欠損】といって、先天性の病気らしい。
名前の通り、左心房と右心房を隔てている壁に欠損している。…―つまりは穴があいているということ。
この穴のせいで、綺麗な血と汚い血が混ざって、血液中の酸素濃度が薄くなって、動悸や息切れをおこすのが主な症状で、勿論、走ることなんて命取りだ。
でも、この病気は、10歳までに自然に穴が塞がる事があるらしく、私は、友達と同じように走り回ったり、サッカーをしたり、ドッジボールをしたり、思いっきり体を動かして遊びたかった。
だから、その気持ちをグッと堪えておとなしくしてきた。
その結果がこれ。
私は、なんとも言いようのない虚無感と絶望感に苛まれた。
何故なら、あの医者の言った言葉の、もう一つの意味に気がついたから。
「娘さんの心臓の穴は、もう、自然には塞がりません。ドナーを待つしかないでしょう」
つまり、ドナーが来るまで、手術が成功するまで、私は走れないのだと。下手をすれば一生走れないのだと、言っているのだ。
両親は、先ほどの会話を私が聞いていたのを知らずに、一生懸命取り繕って優しい言葉をかけてくれた。
それは、嬉しさと同時に無償な腹立たしさを感じた。
その時の私に、今の私に、同情は、ただの邪魔臭いものでしかなかった。
○●○●○●○
それ以来、私は、友達との接触を日に日に避けていった。
友達を見るのが辛かった。
もう、あんな風に、風を切って走れないんだと思うと、辛くて辛くてしょうがなかった。
自分の存在すら、惨めに感じた。
私は段々と部屋や、学校では保健室に籠もることが多くなった。
太陽の光は、私には眩しすぎたんだ。
私の心臓の穴は、重症の人と比べれば小さい。
だから、自宅療養を許可されている。
重症の人は、歩くことすらままならないから、私はまだいい方なのかもしれない。
○●○●○●○
中学も、必要最低限の授業だけ受けて、それ以外はずっと保健室に籠もっていた。
給食をクラスの人と食べたことなんてない。
たぶん、中学の同級生は、誰一人として私を覚えていないだろう。
小学校の同級生も、私を覚えているのは、ほんの一握りだろう。
私は、高校でも同じような生活をしていた。
高2前の春休み。
両親は、循環器系が有名な大学病院に近い所に引っ越すと言い出した。
どうやら、その病院はここからかなり遠いらしく、学校も転校することになった。
私は正直どうでも良かった。
どうせ、どんな学校に行っても、保健室に籠もるだけだから。
篠原陽香、高校2年生
4月から、薄桜学園に転入することとなった。
意地悪な神様へ
(貴方は私に何を与えたの?)
(私は幸せな人生を望めるの?)