太陽色


□一時の幸せ
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「陽香ーっ!」


『あっ、藤堂くん』



放課後
藤堂くんが竹刀袋を肩に掛け、壊れるんじゃないかってくらい元気よく保健室の扉を開けた。


丁度山南先生は職員室に戻っており、保健室は私と藤堂くんの2人だけ。



「準備できたか?」


『うん。』


「よし!じゃあ、行こうぜー。」



藤堂くんはあたしが鞄を持つのを待ってくれて、あたしが鞄を持ってそれから保健室を出て剣道場に向かった。


今度はちゃんとゆっくり扉を開けて出て行った。



『ここって、こんなに広かったんだ……。』


「あれ?転入前に回って歩かなかったのか?」


『あー…。あんまり動いちゃダメだからさ』


「えっ、じゃあ剣道もダメじゃね?」


『うーん、どうだろう?でもやり過ぎなきゃ大丈夫だと思う』


「そうか…?」


『うん』



心配そうな表情だった藤堂くんは柔らかく微笑んで、少しだけ歩くスピードを落としてくれた。


行く途中には今日の午後にクラスで起こった珍事件なんかを話してくれて、剣道場までの私には長い距離を全く苦に感じなかった。



「ついたぜ」


『……………でか』


「そうか…?」


『うん。私が前にいた高校の剣道場の三倍はあると思う』


「三倍は言いすぎだろ」


『まぁね』


「とりあえず見学してみるか?」


『うんっ!』



私が頷くと、藤堂くんは嬉しそうに笑ったけど、何かを思い出したように目を見開いて、申し訳無さそうなしょぼんとした顔になった。



『どうしたの?』


「いや、今気づいたんだけど、剣道場女子でいっぱいだ」


『? なんで?』


「いや、総司のファンとか一くんのファンとかクラスの女子とか、さ。すげーうるせーぇんだよな」


『そっか…大変だね』


「まぁなー…、うーん……道場の裏に行くか」


『裏?』


「そ、こっち」



藤堂くんは私の手をグイッと引っ張って、道場の脇を通って裏の方に向かった。


道場裏は殆ど人気がなくて、木陰が程よくできており、すごく居心地のいい場所だった。



「わりぃけど、ちょっと待っててもらって良いか?」


『うんっ』


「わりぃな」



もう一度謝ると、藤堂くんは走って剣道場の中に入っていった。
藤堂くんが入った途端、剣道場から女子の黄色い声が沢山聞こえてきた。


藤堂くん、すごい人気だなぁ……。


でも、女子が藤堂くんを好きになる気持ち、分かるなぁ。
誰にでも優しくって、気さくで、顔がよくって。


なんだか、自分が藤堂くんを独り占めしてるみたいで、藤堂くんを好きな子に申し訳ない気がする。
でも、人気者の藤堂くんを独り占めしてるのが嬉しく感じる。



「陽香!」


『わっ』



振り向くと、胴着に着替えた藤堂くんが竹刀を片手に持って立っていた。



「はい、竹刀」


『あ…ありがとう……――重いっ!』


「そうか?」


『だって、腕とかあんまりつかわないもん』



藤堂くんは「そっか」と言って、一旦私から竹刀を取って、軽く素振りを始めた。



「…とりあえず、素振りしてみっか」


『素振り?』


「さっきオレがやったみたいに、竹刀をふること。これぐらいなら大丈夫だろ?」


『うんっ!……たぶん、大丈夫』


「よし!」



藤堂くんは私の後ろに回って、背中から腕を回して、竹刀を握らせてくれた。



「こっちの手をここに持ってきて……」


『う…うん』



藤堂くんが私の手をとって、まさに手取り足取り教えてくれる。
言葉を発する度に耳をかすめる吐息がくすぐったい。



「持ち方はこんなんだな。じゃあ、振ってみろよ」


『こう?』


「そうそう」



私は竹刀を振り上げて高い位置から振り下ろす。


竹刀の重さが腕に伝わってきて、その初めて感じる感覚に体がウズウズする。
ずっと体を動かせずに、動かさずにいたからか、久し振りの運動に心地よい疲労感を感じる。


たった二、三回降っただけだけど、久し振りに運動した感覚が楽しくて、自然と口元がゆるんでしまう。



「楽しいか?」


『うんっ!運動をしたのなんて六年振りぐらいだから』


「ろ、六年?!」



藤堂くんは目を丸くして驚いた。
そりゃそうだろう。
普通、六年も運動していない人なんていないし。



『激しい運動はドクターストップかかってるんだ』


「マジかよ」


『軽く体を動かす程度なら良いと思うんだ』


「そっかぁ……。辛かっただろ」


『うーん……、慣れちゃえばそんなでもないかな』



私は竹刀を藤堂くんに返すと、その場に座った。そして藤堂くんもそれとなく、横に座った。



『早く体治して思いっきり体動かしたいんだけどね。それがどうも上手くいかないんだよね』


「なんで?」


『………、まぁいいじゃない』



ああ、私ってホントに馬鹿。


今、病気のことを打ち明けるのに絶好の機会だった。
それなのに、また言えなかった。
きっと、それほどまでに私の中での藤堂くんの存在は大きくなってたんだ。


私が困ったように笑いかけると、藤堂くんは何かを察したようで、わざと明るく振る舞って、



「それじゃ、もう一回素振りやろうぜ」


『うんっ』



藤堂くんが差し出した竹刀をとると、また竹刀を高い位置から振り下した。






一時の幸せ
(あなたの優しさに)
(甘えてしまって)
(いいですか?)





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