偽りの姫
□彼岸の華と百合の華
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夕餉の時間の話題は晶と隊士の戦いのことだった。
なんでも、その動きはいっさいの無駄がなく、まるで舞を踊っているかのようだったらしい。
平助が「さすが左之さんの動きを止めただけあるよな〜!」とか、余計なことを口走るから、軽く小突いてやった。
これは、いつもと変わらない、夕餉の出来事。
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夜。
俺は「月がきれいだな」と思いながら月見などををするでもなく、屯所を歩いていると、廊下に人影が見えた。
誰かと思って、よく見てみると晶だった。
風呂上がりで、まだ髪をおろしているせいか、いつもと雰囲気が違う感じがした。
格好は寝間着で、「声かけようかな」とは思ったが、晶から目が離せなく、声がのどでつかえて出てこなかった。
風呂上がりのため少し赤く色づいた肌と、きっと月を見ているのであろう目はどこか虚ろで、その姿が、妙に艶っぽかった。
それでいて、夏のだるい空気と、晶の凛としたたたずまいが相反して、百合の花のように、儚く、力強い印象を受けた。
何でか分からないが、胸のあたりが締め付けられるような感じがした。
晶が視線をソッと庭に移したときに、俺はハッと我に返った。
晶にはまだ気づかれていないようで、俺は、もうしばらく、様子をうかがうことにした。
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晶は、月を見るのに飽きたのか、自分の髪を見ていた。
髪みてどうすんだよ。
出て行くタイミングがつかめず、どうしようかと思っていると、庭先に咲いている彼岸花が風に舞った。
晶はフッと顔を上げて、その景色を眺めていた。
『彼岸花だ』
晶はそう呟いた。
晶は庭先に出て、彼岸花にソッと手を伸ばした。
しかし、彼岸花に触るのはやめたらしく、晶は手を軽く握りしめ、月と彼岸花の不気味で幻想的な風景を、再び眺め始めた。
『綺麗』
晶がそうつぶやいたとき、同じ事を考えていた俺は、反射的に「だな」と言ってしまった。
俺がそばに寄っていくと、晶はフワリと柔らかく笑った。
それだけのことが何だかたまらなく嬉しかった。
晶は、俺がここにいるのが不思議なのか、首を傾げながら訊いてきた。
『左之さんも月見ですか?』
「そう…だな」
本当は、月見をするつもりは無かったから。
ただ、月を見る晶が綺麗だったから、つい、肯定してしまった。
『……綺麗ですよね……』
「ああ」
そんなことを言っている晶の方が、俺には何倍も綺麗に見えた。
しばらくの間、俺と晶は、幻想的な風景を眺めていた。
どれくらいの時間が経ったか分からないが、晶が不意にポツリと呟いた。
『…彼岸花って、儚いですよね』
「ん?」
『彼岸花って、色は真っ赤で不気味さがあるんですけど、姿はどこか儚げで、茎は折れてしまいそうに細いのに、確かな存在感がある。ボクは彼岸花のそんなところは、嫌いじゃないです。というか、寧ろ好きですね』
「突然どうした?」
俺は、突然晶が真面目な顔でそんなことを言ってくるので、可笑しくてつい笑ってしまった。
『左之さんはどうですか?』
「俺か?そうだな………俺も、彼岸花は別に嫌いじゃねーな」
『なんだか、不思議な気持ちになりませんか?』
「ああ」
晶がまた、フワリと微笑んだ。
ただそれだけのけのなのに、晶がとても愛おしかった。
男に愛おしいとか感じる自分が少しアレだったが、たぶん、この気持ちは弟に対する愛情みたいなそんなもんだと思う。
俺と晶は、再びあの幻想的な風景を眺め始めた。