偽りの姫
□待機そして鬼の子
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元治元年 七月
「総司と平助と晶に渡してやってくれ。……それから、山南さんにもだ」
土方がそう言うと、自分の名前が上がったのが意外だったのか、山南は目を瞬いた。
「おや、私も呑むんですか?私の傷は、もうふさがっていますよ?」
「試してみましょうよ、山南さん。この薬って何にでも効くらしいですから。」
『そうですよ、試してみましょう?』
晶と沖田が取り成すように言うと、山南は諦めたように薬へと手を伸ばした。
本人も言っていたが、傷はほとんど治りかけている。しかし、その左腕は思うように動かないままだった。
もう元通りに治ることは無いと、千鶴と晶を含めた幹部達も薄々感じているようだった。
「石田散薬は熱燗で呑むのが粋だよな。羨ましいぞ、おまえら!」
「羨ましいなら呑めばいいじゃん。新八っつぁんだって本当は怪我人だろ?」
『そうですよ。ま、ボクはお酒呑めないから水で飲むんですけどね。羨ましいならボクの代わりに熱燗で呑んでくださいよ』
「俺は既に完治済みだからいいんだよ」
永倉も池田屋で負傷したのだが、本人はさっきのように【既に完治済み】を主張していた。しかし、その傷口はまだ少し痛々しい。
ただ、永倉は沖田や藤堂たちに比べれば大した傷ではないと土方を説得して、普段通りに稽古をしたり巡察をしたりしている。
「しかし藤堂君と沖田君と柊君が、怪我して帰って来るとはなぁ……」
「あれは池田屋が暗かったから!普段の戦いなら遅れは取らないって!」
藤堂は頬を膨れさせて声を大にした。晶はそんな藤堂を見て、石田散薬の苦さに眉間にしわを寄せながら疑問を口にした。
『本当に?相手も同じ状況下だったのにそこまでの力を出したんでしょ?だったら、明るいときの方が不利だと思わない?』
「横合いから急に殴られたんだよ。おかげで、鉢金なんて真っ二つだしさ。ってか、気絶した晶にだけは言われたくねー!」
『ボクも、拳で鉢金を割れるほどの豪気な奴との力量の差もわからずに闇雲に食ってかかった平助にだけは言われたくない』
「だから、横合いから急に殴られたって言っただろー!」
『あー、あー、はいはい』
「最近本当総司に似てきたよな」
『なにそれ、貶してんの?』
晶と藤堂がくだらない喧嘩をしていると、永倉が思い出したように言った。
「そういや、他に、総司と晶から逃げ切った奴もいたしな」
永倉から水を向けられて、沖田は静かに微笑んで見せた。一方の晶は申し訳なさそうに眉をハの字にした。
「……次があれば、勝つのは僕ですから」
『…………何者なんでしょうね』
池田屋に言った人たちはそれぞれに思い出を語る。しかし、斉藤だけは沈黙を続けていた。
そんな斉藤を気にしていた晶だったが、千鶴が斉藤に話しかけて会話を始めたからまた、永倉達との思い出話に交ざっていった。
――――――
――――
――
しばらくすると、すっとふすまが開いて、近藤が顔を出した。
「――会津藩から伝令が届いた」
その一言で、部屋の空気が一変する。
「長州の襲撃に備え、我ら新選組も出陣するよう仰せだ」
わっと皆から歓声が上がった。
「ついにきたか!待ちかねたぜ!」
「残念だったな、平助。怪我人はさすがに不参加だろ?」
「えー!?でも、折角の晴れ舞台じゃん!」
藤堂は微かな望みを託すように、土方へ視線を向けるが、その望みは鬼によって無残にも一刀両断された。
「不参加に決まってんだろ。大人しく屯所の守備に就きやがれ」
最初からそうだろうと思っていた晶はさほど残念がる様子はなかったが、藤堂は、
「うっわ……。土方さん、鬼!この鬼副長ー!!」
土方に食ってかかった。
もちろん、藤堂が土方に適うはずもなく、軽くあしらわれてしまった。
「なんだ、誉めてんのか?簀巻きにされたくなきゃ黙ってろ」
怪我人だろうと簀巻きにしかねない土方に言われ、藤堂の文句はピタリと止んだ。
「怪我人は足手まといなんですよ。素直に屯所で待機しましょう」
山南は苦笑混じりに、自虐的なことを言う。そして藤堂は、しょんぼりと肩を落とした。
「僕も、仕方ないから諦めますよ。参加したいけど、本調子じゃないし」
ふぅ、と沖田はため息を吐く。
そんな2人を見て、晶は元気づけようと、土方に一つだけ聞いてみた。
『ね、土方さん。』
「なんだ。」
『ボクらが完治したら、次の戦いでは思いっきり暴れさせてくれるんですよね?』
「ほどほどにはな、」
『だって。良かったね。平助、沖田さん』
「土方さん、ありがとう!」
「晶も、たまには気が利いたことするね」
『土方さーん。やっぱり次も沖田さんは屯所待機でお願いしまーす』
「晶、そんなこと言うと、斬っちゃうよ?」
『冗談ですよ』
とりあえず、沖田と晶、藤堂、山南の四人は屯所待機となった。
千鶴は土方達に同行することになった。
『平助と沖田さんはボクが見張ってるんで、皆さん思いっきり暴れてきてくださいね!』
屯所待機の四人を覗く隊士達は得意げに屯所を出て行った。