黒バス

□運命
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『キス』
それは言葉にできない愛を伝える手段だと俺は思う。家族愛でも友愛でも恋愛でもそれは変わることなく、言葉にできない分の気持ちを伝え合い、確かめ合うことができるのだ。だが、普段からキスを頻繁にすることのない俺達日本人には恋愛のキスは特に特別なものだと感じる人は多い。俺もその中の一人だったりする。
付き合い始めて4ヵ月。季節は冬から春へと変わり、暖かく過ごしやすい気候へと移り変わってきた。季節を見習い、恋人としてもそろそろ次のステップへと進んでもいいのではなかろうか?2週間前からそう考え始めていた俺は自室で恋人である伊月へ、彼の恋人となって34回目の土下座をしている。
「最初は一瞬でいいから……な?」
「だめ」
迫って打たれた左の頬が熱い。
伊月はどうやら本気で俺とのキスを避けているようで、ここ数日は真正面から近づくだけでも手がでてくる。
「…そんなに俺とキスしたくないのかよ」
静かにそう呟くとすぐに違う、と否定の言葉が返ってきた。
俺とキスをするのが嫌なわけでないならば、何故伊月はこうも毎回拒絶するのか。
「照れ隠し?」
そう聞くと無言で睨まれた。そうか、照れ隠しなのか。うんうんと頷いていると伊月が口をひらいた。
「…キスできない」
「は?」
「だから、俺は日向とキスできない」
言いながら伊月は土下座から上体を起こした だけの俺に抱きついた。俺は床で伊月はベッ ドに腰かけていたため、あまりの勢いのよさ に後ろへ倒れる。
「おい、危ないだろーが」
「…ごめん」
伊月の声は若干震えている。俺の肩口に顔を 押し付けているため表情は見えない。 「理由は?」
ぎゅ…っと強く抱きつく伊月の背中を撫でな がら今一番知りたいことを訪ねる。 少しの間が空き息を吸い込む音がしたあと に、ゆっくり言葉を吐き出した。
「日向が死ぬのが…嫌だから」

「俺の父さんはさ、母さんの運命の人じゃな かったんだ。」
「運命?」
「そう、運命」
他校の先輩がよく口にしていたようなその単 語に首を傾げる。だが、肩から顔をあげこち らを見る伊月の目は冗談ではなく、真剣に 言っているものだとわかる。手を背中から異 動させ、痛みのない手触りのよい髪を撫でる と緊張しきった顔が少し緩み目を細めた。か わいい。小さな幸せに浸りながら話の続きを 促す。

代々伊月家の人間は運命の人以外とキスをす ると相手の寿命を一回約十年分吸いとってし まう、らしい。 にわかに信じがたい話だが話す伊月はとても 苦しそうな表情で嘘をついているとは思えな い。それでもひとつ、腑に落ちないことがある。
「俺はお前の運命の人にはなれない、と」 「……わからないんだ」
わからないから、日向が運命の人じゃなかっ たらどうしようって、こわい。そう続けた伊 月に俺はなんだ俺の恋人かわいすぎるだろ、 と本気で思う。

「俺はお前が運命の相手だって思ってる」 これってさ、自分がどう感じるかの問題だと 思うぜ?と、いま思ったこと、話を聞いて感 じたことをそのまま伝える。のちにからかわ れそうなくらい恥ずかしいことを言っている 自覚はあるが、これだけは譲ってはならない と思ったからだ。熱くなる顔からは出来るだ け意識を背ける。
「お前はどう思ってるんだ?…俊」
さりげなく名前を呼ぶと伊月の肩が揺れた。 心なしか潤んだ瞳をみつめながら、返答をまつ。
「俺だって日向が運命の人だったらなって 思ってるよ」
「だったらじゃなくて運命なんだよ」
そっか…とつぶやいた伊月はゆっくりと目を 閉じ、俺の頭を腕で引き寄せた。








END

日月の日

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