戦勇。

□Nine Point Eight
1ページ/1ページ

カイウユリ、カーネーション、デイジー
俺は毎日部長の元に花を持って通う。肝心なところで鈍感なこの人でも、もしかしたら気づくかもしれないという少しの期待を自己満足に込めて。

キク、カランコエ
最近眠る時間が長くなった部長の寝顔を見ながら「俺が来たっていうのにまだ寝てるんですか、まったく寝汚いですね」といつものように話しかける。病に伏せているといえども、少し前までは聞こえてきたキレのあるツッコミがないのはとてもつまらない。

明日には起きている部長に会えると信じて、枕元に置いてある花瓶に花を活ける。この人が寝ている間に誰かきたらお前らが追い出しとけよ、なんて軽く冗談を言ってみたけれど、俺の声が部屋に響くだけだった。

「ロス!久しぶり」
「本当久しぶりですね、6日振りですか」
次の日、部長は起きていた。
せっかくお見舞いに来てあげてるのに毎日ぐーすか寝てるなんて生意気ですね、なんて怒ったように言ってみればごめんと申し訳なさそうな声がかえってくる。

別にそういう反応が欲しかったわけじゃないです、とすこし微笑んでいつもよりほんの軽く頬を殴ると「やっぱり怒ってる!」と叫ぶ。やっぱりこうじゃないと。
そうしていつものように戯れていたら突然部長の空気が変わった。

「今日はさ、どうしても言いたいことがあって」
目を伏せて次の言葉を選ぶような仕草に悪い予感しかしない。
「…なんですか」
「怒らないで聞いて欲しいんだけど、」
予感は確信に変わる。これはこの人がこうなってからずっと聞きたくなかった事だ。
「ボク、もうすぐ死ぬみたい」

なんでそんなことわかるんですか、と動かした口から声はでなかった。自然に涙が溢れ出て止まらない。他に治療の方法はないのか、治せる医者はいないのか、
「……なんで」
俺を置いてくつもりですか。掠れる声でそう言うと部長は困ったように笑う。こんな時まで笑うのかこの人は。自分だって死にたくないくせに。
俺は前から知っていた。遅かれ早かれこの人が「この病気」で死んでしまうだろうことは。すぐに治るものではない。それでもきっと、もしかしたら部長なら大丈夫かもしれないと心の何処かで思っていた。

「貴方がいなくなったら俺はどうすればいいんです」
部長の手元を見つめながら呟くように言葉を紡ぐ。
「ロスなら大丈夫」
そういってベッドから身を乗り出して部長は俺の身体を抱きしめた。
「…なんでそう言い切れるんだよ」
俺も部長の背中に手を回してもっと近くへ引き寄せる。
「次はきっとロスもボクも最後まで幸せになれるから」
だからロスは安心して今からの時間を過ごしてよ。




トルコギキョウが微かに香る。
アルバに花を持って行っていたときの癖で花言葉を思い起こした。

薔薇、スターゲイザーリリー、アヤメ
帰り道たまたま通りかかった、高校の通学路をひとつ外れた所にある花屋の花束を何故か突然どうしてもあの人に渡したいと心が叫んで、元来た道を走り出す。



「見てください、ここからの眺め結構いいですよ」
いつか入ってみたいと話しながら見上げていた立ち入り禁止である屋上の柵に足をかける。
ねえ、部長。会いにいきますね。
貴方の居ない世界なんてもう十分です。

俺達の再会のために渦巻く風が歌う。
今度こそ、俺とアルバが引き裂かれることのない平和な世界に生きれることを願いながら落ちてゆく。
次があるなら、今度はもっとあの人を幸せにできる俺になりたい。

目を閉じると部長がいつもみたいに笑っていて、その唇が額に触れた気がした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ