★星箱

□ケンカ
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「佳主馬くんのバカっ!」


「え…千早!?」


俺は、今まで千早に向けられた事の無い怒りの声を聞いて、茫然と立ち尽くす。


去って行った千早を追おうにも、彼女はタクシーを拾って大通りに出てしまっていた。


…俺は隣で猫なで声のまま「行こうよぉ」とひっついて来るクソ女を一瞥すると。


「離れろ。消えろ。」と目一杯凄んで脅した。
それに涙を浮かべて泣き出した女を置いて、俺は千早の去って行った方向を見てため息を付いた。


――――――――――


事の起こりは、俺の仕事がひと段落した月末の事。
やっと一日丸々の休みを取れて、千早を誘って…やっとデートが出来るはずだった。


向かうのは、前に千早が行きたいと言っていた水族館。
生き物が大好きな彼女は、それはそれは楽しそうに水族館を見て回っていた。


そう…さっきのクソ女が来るまでは。


…俺は携帯を取り出して、千早の番号を呼び出す。
一瞬掛けるか躊躇したが、通話ボタンを押して何度か掛けてみるが出ない。


怒っている。傷付けてしまった。
俺はもう一度携帯を開いてある人の番号を呼び出すと、次は迷いなくかけた。


ニ回目のコール音で出た彼女…夏希姉は「何事ォ?」と苦笑しながら聞いて来た。


「…姉さん、俺どうしよう…。」


その場にしゃがみこんだ俺を、周りの人がちらちらと見る。
でも今はそんな事を気にしている場合じゃない。


俺の声に笑う従姉の姉…夏希姉は「どうしようもこうしようも謝っちゃえば?」と軽く言う。


「…謝りたいけど、電話に出てくれないんだよ。」


さっきよりも深くため息をつくと、やっと事の重大さを理解したのか「なにしたの」と聞いて来た。
俺はさっきあった出来事をかいつまんで話し始めた。


「今日、千早とデートだったんだ。」


「そう…で?」


「行きたいって言ってた水族館に居たんだ。
しばらくは楽しそうにしてて、俺も楽しかった。
そしたら、ニ、三人の女の団体に囲まれた。」


「あんたモテるからねぇ」


「…千早に嫌われるんならそんなの要らない。
それで、その中の一人がやたらとくっついて来るから、気持ち悪くて放っておいたんだ。」


「ふむ。」


「…で、いざ邪魔だからそいつをどこかに巻こうとしたら…。
千早、俺の事をバカって言って…そのままタクシーに乗って帰って行った。」


「…もしかして巻こうとした女って、後ろでギャン泣きしてるの?」


半ば呆れたような夏希姉の言葉に、俺は「そう」とだけ返した。


「……あっきれた。
本当に千早にだけね、優しくするの。」


その言葉に「千早さんの他、誰に優しくする必要があるの?」と答えれば、夏希姉はさらに深くため息を付いた。


「事情は解った。私から千早に連絡入れてみる。」


それだけ言うと、夏希姉の方から電話を切った。


後ろから駆け付けて来た水族館の警備員に「君も一緒に来てくれる?」と聞かれたのを「そいつとは赤の他人で、話す事なんか一つも無い」と言って、俺は大通りに歩いて行った。


…これ以上千早を悲しませるもんか。


俺は内心のイライラをその女にぶつけると、舌打ちをした。

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