★星箱

□突っ込み役、災難。(続)
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その後そのまま着せ替え人形と化した私、雨宮逸美は。
なぜかこんな恰好のまま居間へとノコノコ帰って来ていた。
…まあ、引き摺られてたって言うのが一番近いけれども。


「わーお!いっちゃん、可愛いでも恰好良い!!」


「…千早…。」


私は疲れたように笑って、笑顔の千早の頭を撫でた。


「どう?私だってまだ捨てたもんじゃないでしょ」


強がってそう言うと、千早は思いっきり首を縦に振った。
…頭痛くなるぞと呟くと、大丈夫と笑った。


「なんだか初めにあった時のいっちゃんみたい」


それを言われると…少し痛いな。
苦笑して「それはもう忘れてよ」と言った。


不思議そうに首を傾げた千早を私は見て見ぬふりをした。


…私は高校まで結構荒れた奴等と関わっていたからか、千早の様な奴と会ったのは…私の中では奇跡と呼んでもいい時間だった。


荒れて荒れて、家も何処にも行きたく無くってぼーっとしてた時に千早と会った。


大学に入学したのも奇跡。
あんな奴等とはもう関わりたくないと思って自分なりにケジメを付けて来た続きの様に、ただレールに沿って大学を受験した。
勉強は嫌いでは無いのでそれなりの努力をすれば入る事が出来た。


正直こんなもんかと思った。

たったこれだけの努力で入れる程チョロいのかと。


それで現実に飽き飽きして家にも寄り付かなくなって公園のベンチに座っていると、いきなり千早が目の前に現れたんだ。


「……………」


じぃ〜っと、ただ私を見てる。
目線があって、驚きのあまり声も出ないくて。
それでも向こうは視線をそらそうとしない。
自分で言うのもなんだけど、自覚している限りで言えるのは、私は周りの奴と仲良く話した事なんか全く無いって事と、目つきは鋭く、怖がられる自信がある事と…こいつに別の意味で負けそうに思った事だけだった。


なに…となんとか声を絞り出して、目の前の人物をちゃんと見る。
大きな目とあどけない容姿から、中学生かと疑ったが、相手が笑みを零した瞬間…不覚にも年上に見えてしまい自分の中で混乱した。
言葉がおかしいのは解っているのだが、それ以上に合った言葉が見つからない。
あるとするならば…母さんの様な温かいなにか。


「…隣、いいですか?」


「へ?…ああ、うん。」


女は笑顔で私の隣に腰かけた。


…誰だこいつ?て言うかいくつだ。
こんな時間に一人で…?
子供だろまだ…買い物の途中とかか?


右手には近くのコンビニのロゴが書かれている袋を持っている。


…なんで私に関わった?
いや、声を掛けたんだろう?


私は疑問符で頭がいっぱいになった。


「……雨宮さん、だよね?」


「え、なんで私の名前?」


「同じクラスだよ?」


「クラス…もしかしてお前、同じ大学か?」


「うん!」


屈託の無い子供の様な笑顔で頷く。
どう見ても同い年には見えない…。


「……お前変わってるな」


「なんで?」


首を傾げる仕草を見て、一々可愛らしいなと内心で突っ込む。


「なんでって、普通私に話しかけに来るか?
他の良い子達と話してれば私みたいなの放っとくのが吉だろ。」


「だって、雨宮さん私の知ってる人に似てたんだもん。」


「知ってる人?」


「そ。その人ね、すごく恰好良いの。」


…なんだ、彼氏か。


私は顔を反らした。


「惚気話なら余所でやれ」


「違うよぅ。雨宮さんもすごく恰好良いって言いたかったのっ!」


むっとしたようにそう言って、右手を差し出す。


「私と友達になろう?」


満面の笑みでしばらく手を差し出す。
私は動かなかった。
いや、動けなかった。


いきなり現れて視線を向けられ、馴れ馴れしいと思ってみると年下の様に見えたにも関わらず。
ふと笑った瞬間母さんの様な温かな何かが…。


なんだこいつは。


引いた。怖い。こんなの知らない。


私は父さんに育てられた。
母さんを知らない。


でも…居たらこんななのかなとつい思ってしまうあたり。
今、私はだいぶこいつに感化されてるなと思った。


しばらく固まっていると、向こうは焦れたのか私の右手をポケットから引っ張り出して握手させた。


「はい、これで友達!」


「思いっきり強制だろコレ」


「いや?」


「…別に。いいよ。」


最近まで笑わなかった私は、この時久しぶりに頬の筋肉を使った。
珍しい人種だなと呟いたのを、こいつは聞こえなかったようで首を傾げていた。


その後「また明日」と言う言葉に「うん」と返事を返したのも、本当に何年振りだろうって感じだった。


返って父さんに「ただいま」と言ったのも何年振りだ。
父さんは普通に答えてくれた。


久しぶりに親子で話しをした。


「変な奴に会ったよ」と言うと「その変な奴がお前に届いたんだろ」と返して来たのには笑った。


確かにそうだった。
簡単だったんだなと思った。


少しだけ肩の力を抜いて、素に戻ればいいだけだったんだって解った。


あいつの笑顔を見て、感化されたか。


元の私を、あいつは受け入れてくれるのかな。


そう言う不安は、あいつの笑顔を思い出すとすんなりと消え去ってくれた。


次の日は「おはよう」とか…普通に言ってくれるんだろうか。
私はそれに「おはよう」と返せるんだろうか。


想像するとむず痒くって、でもなんだか幸せな気持ちになった。


…千早は人を変える。吸収する。


そいつは千早の特技なのか素なのか。
それに感化される人達は多い。


陣内家の人達もそんな感じなんだろうと思うと、不思議と先の不安は無くなった。


関係無くても受け入れてくれてるじゃないか。
もし嫌だったら顔にも態度にも現れる。
けれどこの人たちは素直に私を受け入れてくれてるのに。
私がそんな考えを持っていてどうする。
…私らしくない。ずっと昔に言ってくれた誰かの声をそのまま声に出す。


私は私らしく生きていいんだよ。


私は私。私のままで生きればいい。


千早、アンタに会えて、本当に良かったよ。


私はあの時とは違う気持ちのまま、千早の頭をぐりぐりと撫でた。


「なんか…楽しいや」

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