【今までとこれから】


…私には、大好きな彼氏が居る。
彼は、OZと言う架空電脳空間で活躍する世界的天才プレイヤーで、闘技場と呼ばれるOZの中のバトルフィールドで勝ち続けているファイター、キング・カズマを操っている。
一度、ハッキングAIであるラブマシーンとの戦闘に敗れたが、それからの彼の活躍はうなぎのぼりだった。
数多くのスポンサーが付き、中学生だった彼も高校生になり、高校入学半年後には大手スポンサーであったSGと言う会社に若干16歳と言う若さで入社。
現在18歳の彼は、のんびり家でパソコンと睨み合いながら、隙を見つけてはOZでのバトルやOMCを楽しんでいた。

池沢佳主馬。
彼と出会ったのは、ちょうど学校のテストが終わって秋休みに入った時だった。
その年の夏、OZの世界では大変な珍事が起こっていた。
冒頭でも出たハッキングAIの暴走事件だ。
親友の夏希の曾祖母、栄さんが亡くなったのは、誕生日の一日前だったらしい。
その栄さんと言う方は、私のお父さんお母さんの恩人で、先生で、母の様な存在だったらしい。
そして、そんな人が居るのか。
会ってみたいなと思っていたのだが、生前の内に会える事は無かった。
秋休みになって、夏希に頼み込んで上野にある夏希の曾祖母の家での集まりに着いて行ったのは、そう言う理由があったからだ。
夏希の曾祖母の家…陣内家の人達は、とても暖かかった。
沢山の親戚と、優しい笑顔で、人見知りの酷かった私は縮こまっていた。
そしてその広い広いお家で、案の定迷ってしまった訳なのだが、そんな時に出会ったのが、佳主馬くんだった。

始めから自分の間抜けな姿を見られていて、そしてすごく優しい子だな〜と思っていたら、お年頃…らしく、皆からすれば近寄り難い様な、難しいお年頃だったらしい。
…そしてなんとなく一緒に居たいと思う様になって来て、旅行の間はずっと佳主馬くんにくっついていた。
そして、一週間のお泊りが終わる頃には…佳主馬くんから離れたくなくなってしまっていた。
要するに、好きになってしまったんだ。
旅行の終わりの一日前は、佳主馬くんが私をなだめながら「絶対会いに行くから」と、ずっと言ってくれてた。
これで終わりな訳じゃないのは分かっていたけど。
OZも、携帯も、パソコンも。
電話もメールもあるのに。
でもすごく、離れる事が悲しかった。

夏希に引き剥がされて帰って、すぐに来た佳主馬くんからのメールで舞い上がったのも今となっては笑い話。

秋は過ぎて、冬。
冬にも陣内家で月命日を祝う会と言う物に参加した。
直美さん達曰く「ただ集まって呑みたいだけ」だろうと言っていたが、私もそれに呼んでもらえるとは思っていなかったので、すごく嬉しかった事を覚えている。
佳主馬くんと、久しぶりに会って。
私はやっぱり納戸に篭っていた佳主馬くんに飛び付いた。
驚いて、焦った様にしてたけど、佳主馬くんは私の頭を撫でながら「久しぶり」って言ってくれた。
それだけで涙が出るほど嬉しかった。
本当に好きなんだなと自覚して、恥ずかしくなって、でも離れたくなくって。
何度も佳主馬くんに謝っていた。
万助おじさんは、佳主馬くんが居間にいるのが嬉しいのか、ずっと機嫌が良かった。

……沢山の人に囲まれた空間は、あまり体験した事が無かったから、少し怖かった部分もあったけど。
陣内家の皆さんは優しくて、私が慣れるまで待ってくれると言ってくれた。
人には人のペースがある。
そう言って、ずっと待ってくれた。
佳主馬くんは「ずっと側に居るから」と言ってくれた。

あったかい人達に囲まれながら、私は3年間陣内家の皆さんと関わって来た。

…あの秋休みから、3年と少し経って。
今は11月の後半。
紅葉の一番綺麗な時期に、私はまた陣内家を訪れて居た。

庭には大きなイチョウの木と紅葉などがはらはらと散っており、物珍しい光景を私は必死に写真に収めようと奮闘していた。

「…千早、中入ろう?」

その後ろで、荷物を手に持ちながら私を呼ぶのが、池沢佳主馬くん。
黒い綺麗な髪は少し伸びてて、後ろでくくってしまっている。
長い前髪は健在で、3年前とは比べ物にならないくらいに伸びた身長は、もう私と頭一つ分くらい違う。
そうして自然に上から見下ろされた私は、それも格好いいと頷きながら携帯をポケットに押し込むと。
右手を差し出していた佳主馬くんの手を掴み、そのまま腕を組んで笑った。

「今日はお鍋だって。
おばさまのお手伝いしなくちゃ。」

そう言うと佳主馬くんは「本当に気が利くよね」と苦笑して「たまには俺にも構ってよ」と少しだけ拗ねた様に頬を膨らませた。

「じゃあ佳主馬くんもお手伝いする?
それなら同じ事してるから、話せるしくっつけるよ?」

「……勘弁。面倒臭い。
千早の美味しいご飯楽しみに待ってる。」

「素直でよろしい。」

私は空いた手で佳主馬くんの頭を背伸びして撫でる。
すると、ちょうどいい高さになったからか佳主馬くんはいきなりキスして来た。
幸い、まだ屋敷には入っていなくて、駐車場だったので、人には見られていなかった。

「……ばか。」

「人居ないでしょ?」

「それでも!」

ぷいっとそっぽ向くと「ごめんごめん!」と笑いながら私の肩を抱いて来るので、仕方なく許してあげた。

…私は22歳になった。
佳主馬くんの就職したSGに私も入社して、二人で頑張ってる。
会社に近いセキュリティーマンションに二人で住んでいるのだが、二人で暮らしてる時に見せる佳主馬くんの表情と、みんなで集まった時に見せる佳主馬くんの表情が少しだけ変わっていることもあるので、私はその発見をするのが一つの楽しみになっている。

「……あ!佳主葉ちゃん、もう着いてるかな?」

「母さん達は昨日から着てるよ。
今日来るのは、俺と千早、健二お兄さんと、佐久間さん?
あと逸美さんだね。」

指折り数えて行く佳主馬くんを見て少し笑ってしまった。

「…なんで笑うの?」

不思議そうに首を傾げる佳主馬くんに「子供が遠足待ちきれなくて、日数数えてるみたいで可愛かった」と答えると、辺りをきょろりと見渡して。
さっきより深くキスされた。

「……可愛いって言うのは、千早の事を言うんだよ?」

「ふふっ、ありがと。
でも佳主馬くん可愛かった。」

「まだ言うか」

ちょうど廊下に差し掛かったところで、後ろから聞き覚えのある声がして、二人して振り向いた。

「…こらこら、そんなところでいちゃつくな。
ここ通路だぞ、通行の邪魔。」

にやりと笑うと、後ろに理一さんを従えたいっちゃんは、ズンズンと私達のところまで来て「久しぶり、元気だったか?」と笑顔で聞いて来た。

「もちろん元気だよ!
いっちゃんも元気そうで嬉しい!」

「アンタの可愛さも倍増ししてて私も嬉しい限りだよ。
佳主馬も元気そうだね、身長また伸びた?」

「まだ逸美さんまでは行かないけど、まあいずれは越すつもりだからね。」

いっちゃんの言葉にそう返すと、いっちゃんと理一さんは笑った。

大学を出てから、いっちゃんとは月に二回は最低会っている。
夏希と三人で遊ぶ事が増えて、色んなところに行ったりして、またさらに仲良くなれたと思う。
そして、一番意外だったのは、理一さんと付き合っている事!
出会って1ヶ月で理一さんから告白して、そして付き合って…。
初めは急展開過ぎて全く付いていけなかったけど、幸せそうないっちゃんを見て、私も幸せだったので、何も問題は無かった。
…おばさまと理香さんが大反対だったけど、なんとか一族総出でなだめて、現在では公認カップルその三だ。

「…千早、行こう!」

そう言って腕を引っ張るいっちゃんは、可愛くて、綺麗で、女の子だ。
私はまた嬉しくなって「うん!」と頷くと、いっちゃんに付いて居間に向かった。

ーーーーーーーーーー

「…こんにちは!」

「お邪魔してます!」

居間に入ると、広い和室に大きなテーブルが二つ置かれていて、みんながみんな定位置に付いて各々話していた。

「千早ちゃん!逸美ちゃん!
いらっしゃい、遠い所態々大変だったでしょ!」

そう言って手を振ってくれたのは直美さんだ。
隣に座っていた理香さんは「座布団あるー?」といいながら、手近にあった座布団を取ると、私達の方へと持って来てくれた。

「こんにちは!お久しぶりです、皆さん元気そうで良かったです!」

「そりゃねえ!みんなでこうして集まって、飲んで騒いで出来るんだから元気になるわ!」

直美さんの言葉に「そうよねぇ」と理香さんと聖美さんが頷く。

「…あ!お姉ちゃん!」

「佳主葉ちゃん久しぶり〜!
すごく身長伸びたね!?」

4歳になった佳主葉ちゃんは、にっこりと笑って膝の上に乗ったって来た。

「千早お姉ちゃん、逸美お姉ちゃん、こんにちは!」

「えぇ、真緒ちゃん!?
身長伸びたねぇ、それにさらに可愛くなってる!」

後ろにいた真緒ちゃんを振り返って、いっちゃんは驚きと共に真緒ちゃんを抱き締めた。

「すごいねぇ、しばらく見ない内にみんな大人になって行っちゃってる!」

「千早アンタ、うかうかしてたら抜かれちゃうよ!?」

「ぇええ!でも私は多分これ以上身長大きくならないよ!?」

いっちゃんの言葉にパニックになっていると、頭にぽんっと手が乗った。

「いいから。このままが。」

「……このまま、が、いいの?」

追い付いたのか、理一さんと佳主馬くんが、苦笑しながら居間に入って来た。

「逸美さん、いくら楽しいからって。
千早で遊ばないで。」

「ごめんごめん。
楽しかったらついね。」

そう言って笑って、理一さんの後ろにさりげなく隠れる。
それを見た佳主馬はため息をついて、理一さんはいっちゃんの頭を撫でた。

「お姉ちゃん達、今日もすっごく綺麗だよ!」

真緒ちゃんが微笑みながらそう言って来て、なんだか二人して恥ずかしくって笑っていると。
佳主馬くんと理一さんは「そりゃそうだ」と頷き合っていた。

「て言うか理一さん、最近ここに帰って来ないって、万理子おばさん嘆いてたけど。」

ふと思い立ったように言った直美さんの言葉に、聖美さんが「あら、そうなの?」と首を傾げ、理香さんは「そうなのよ」と笑いながら言った。

「ああ、そろそろ籍を入れようと思ってね。
逸美さんが大学を卒業したらすぐにでも、ウチの近くに部屋を借りるつもりだよ」

「籍を入れるぅ!?」

「うっそ、ヤダそれ結婚するって事!?」

直美さん達の言葉に驚いて、私は瞬間的に隣にいるいっちゃんを振り向いた。
そこには、やっぱりだけど恥ずかしそうにはにかむいっちゃんがいて。
…見たことないくらい幸せそうな笑顔で、笑っていた。

「…いっちゃん!
結婚おめでとう!幸せになるね!」

大好きな親友が遠くに行っちゃうのは辛いけど、でもそれ以上に幸せになるのが分かっているんだ。
さみしいけど、さみしいけど、すごく嬉しい。

「幸せになる前提なんだね」

そう笑ったいっちゃんに、私も満面の笑みで返す。

「だって理一さんだもん!!
いっちゃんを幸せにしてくれるよ!ぜーーーったい!!」

「そうだね、おじさんだし。
変な男に捕まらなくて良かった良かった。」

後ろから参戦した佳主馬くんを無言で見返すと、ふんっと笑って「心配はしてくれてたのか、一応」と言うと、いっちゃんは佳主馬くんの頭を撫でた。

一応と言うにはあれだけど、結構佳主馬くんもいっちゃんを気に入ってる節はあった。
やっぱり私がお世話になってたのが一番だけど、それとは別な所でも頼ってる部分があった。

「佳主馬にも千早ちゃんがいるって事は、行き遅れてるのって私らだけになるんじゃない!?」

「あら。アンタならまだ大丈夫よ、まだまだ引っかけれるって。」

笑いながら言う理香さんの言葉に「そうじゃなくって、人生の伴侶を探してるのよ私は!!」と直美さんが名叫んだ。

「…籍だけなの?結婚はしないの?」

いつの間にか居間に来ていた万理子おばさんは、心配そうにいっちゃんに視線を向けた。
そう言えば、籍を入れるって事は事実的に結婚していると言う事になるのか。
ちらりといっちゃんを見ると、苦笑いと言うか…多分ウエディングドレスを想像して嫌そうに笑ったんだろう。
よっぽど着たくないんだろうな〜と、勝手に当たりを付けた。

「まあ…機会はいくらでもあるけど、先ずは新婚生活に慣れてもらわないとね。」

利一さんはそう言うと、いっちゃんの肩を抱いた。
万理子おばさんは何か言おうと口を開きかけて、最後は何かを悟ったんだろう、ふわりと笑って「そうね」と言って、お茶を飲む。

「…そう言えば翔太達はどこ行ったの?
真悟も祐平も見当たらないけど…。」

「ああ、あの子達なら…」

「わああああああ!!」

「ぎゃああああああ!!」

聖美さんの言葉を遮って、真悟くんと祐平くんが居間に飛び込んで来た。

その光景に目を丸くしていると、真悟くんが真緒ちゃんに向かって涙を浮かべながら「来た!翔太兄ぃよりもヤンキーなやつ!!」と叫ぶ。
その隣では、祐平もぶんぶんと首を上下に振っていた。

「…どんな奴?」

佳主馬くんがそう問い掛けると、真悟は「佳主馬兄ぃと同じくらいの身長で眼鏡賭けててすっげえチャラい!!」

「ああ。佐久間くんかぁ。」

「ん?千早の知り合い?」

いっちゃんが首を傾げていると、バタバタと数人が縁側を歩いて来た。
そしてその足音の主が現れてから「一番左端の人が、私と夏希の高校の時の後輩で、健二くんのお友達の佐久間くん。チャラいの。」と紹介した。

「…千早、すごく、が抜けてる」

「って、ちょっとキング!」

佳主馬くんの助言に対して見事に突っ込みを入れた佐久間くんは、改めて怖がっている真悟くんと祐平くんにばあと脅しを掛けてから、陣内家の人達へと視線を巡らせた。

「あー…ゴホン。
この度は、関係無いのに付いてきちゃってすみません、お邪魔してます!」

にっこりと人懐っこい笑みを浮かべた佐久間くんに、固まっていた人達も若干の肩の力を抜くと「いらっしゃい」とか「よろしくね!」と声を掛けていった。

…見た目はチャラいけど、佐久間くんって本当は真面目さんっぽいんだよね。
そう心の中で呟いていると、後ろから佳主馬くんの手が降って来て目隠しをされた。

「…佳主馬くん?」

「佐久間さんの事見過ぎ。」

「あはは、大丈夫だよ〜。
見ててもうつらないよ?」

「先輩そこ聞き捨てならないっすよ〜」

大人しく固まっている祐平くんを抱き上げながら、佐久間くんは笑った。

「…ああ、そうだ。
翔太さん達は別の部屋で花札してましたよ。」

「もう…またなの?あの子達また花札にハマってるのよね〜」

由美さんが頬に手を当てながらため息をつくと、万助おじさんが「さすが陣内家の男子よ!」と豪快に笑った。

さすがにごちゃついて来たので、私と佳主馬くん、いっちゃんと夏希と健二くんと佐久間くんで隣の和室に移動した。
座って数秒で、佐久間くんが中腰の体制で佳主馬くんに右手を差し出す。

「キング・カズマ!!ずっとファンでした!!
握手お願いしまっす!!」

楽しみにしてたんだろうな〜と、私達は思わず笑ってしまう。
佳主馬くんなんか、驚き過ぎて目を見開いちゃってるし…いっちゃんは一体何が起こってるんだ!って、佳主馬くんと佐久間くんを交互に見ている。

「佐久間、ずっと前から佳主馬くんのファンだったから。
今日やっと本物に会えるんだってすごく楽しみにしてたみたい。」

健二くんが隣で付け足すと、佳主馬くんは照れくさそうに頬をかきながら佐久間さんの右手を握り返した。
その時の佐久間くんは、誕生日にプレゼントをもらった時の子供みたいで、佳主馬くんは佳主馬くんで珍しい照れた顔で、どちらも見ていて可愛いなぁと思った。
それは周りも同じだったようで、夏希達も優しく見守っていた。

「うおー!!すっげ、俺マジであのキングに会ってるんだよな!?」

「落ち着きなよ佐久間」

「すげえすげえ!!夏希先輩マジ感謝!!」

満面の笑みで夏希に振り向いて両手を合わせる。

「…って言うか、その…キングってのどうにかならない?」

かなり恥ずかしいんだけど、と小さな声で付け足した。
隣ではいっちゃんが噴き出している。

「え?だってキングはキングだろ?」

「俺は佳主馬。キング・カズマってのはアバタ―の名前だよ。」

「知ってるけど…俺にとってはキングだし。」

「ちなみに、佳主馬の居ない所ではずっとキングって呼ばれてるわよ」

夏希が最後のひと押しを押し切って、佳主馬くんは諦めたように「じゃあもうそれでいい」とため息と共に吐き出した。

「って言うか、聞いてた話しだけじゃ正直信じてなかったっすけど。
まさかキングと千早さんが付き合ってるとは……」

「佐久間くん、私の話し信じてなかったの!?」

佐久間くんの言葉に夏希が吠える。
それにまあまあと両手を前に出して落ち着けると、私の方を見て頷いた。

「我が高校時代のマドンナ二人を取られて、俺はその片割れの親友で…しかも夢にまで見たキング・カズマのプレイヤーと話せるとか、俺の運もここまでだろうなぁ」

「え?佐久間くんどっか行っちゃうの?」

「取り敢えずどっからそうなったんだとは聞かないでおこうかな」

「てか佐久間くん、私もどちらかと言うとそっち側の人間だから。
ってかそもそも、私の繋がりと言えば千早だけだったし。
佐久間くんはあれでしょ。
OZのあの事件の時も一緒になんかしてたんでしょ?」

いっちゃんの声に、佐久間くんは「おー…」と頭をかきながら「千早先輩って、美人ホイホイ?」と私を見て首を傾げた。

「…千早先輩は可愛い系。
逸美さんは格好良い系。
夏希先輩はカッコ可愛い系。」

「「あー。」」

「って!佳主馬くん!
なんで頷いてるの!?」

「健二くんも!」

「私は格好良い系か…。
よく言った佐久間くん。」

三者三様、それぞれが突っ込むと、佳主馬くんや健二くん。
佐久間くんはケラケラと笑い始めた。

「もー。二人が可愛くって格好良いのは分かったから!」

「「だからそこに自分をちゃんと入れろって」」

佳主馬くんと夏希に突っ込まれるが、やっぱり私は首を傾げる。
いっちゃんが更にお腹を抱えて笑うので、私はむっと頬に空気を溜める。

「千早、アンタが可愛いって言うのは周知の事実よ?」

「それにつけこんで来ようとする大馬鹿野郎を、私が一体何人ぶっ飛ばした事か…」

「それが心配で、俺が何回学校休もうとした事か…」

「て言うか…先輩って無自覚にむごいですよね?」

「むごいって酷くないかな!?むごいって!!」

立ち上がってそう叫ぶと、皆はまたお腹を抱えて笑い転げた。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「………」

「どうかしたの?」

ふと話しが止まって、庭を見ていると。
佳主馬くんが気付いた様に隣に座った。

部屋をくるりと見渡すと、佐久間くんといっちゃん、健二くんと夏希がもう本当に眠いといった様に目をこすりながら話していた。
夕方の風邪は涼しくて、少し寒いくらいだけど。
隣に居る佳主馬くんは暖かい。

「…いっちゃん、可愛くなったよね。」

「へ?」

きょとんとした佳主馬くんに微笑みかける。

「すっごく可愛くなった。恰好良かったのがちょっとだけ緩くなって、可愛いが増えた。」

「…たとえ逸美さんでも、千早以外を可愛いって言いたくないんだけど。」

「そうなの?」

聞き返すと、返事の代わりにキスをくれた。
目線だけで部屋を見ると、皆は床に突っ伏して眠っていた。

「…千早の左手にあるその指輪。
それ、俺が千早のだって証でもあるんだけど。」

「うん。」

ぎゅうっと抱きしめられて、くすくす笑うと。
佳主馬くんはまた力を強くした。

「……付け加えとく」

「ん?」

しばらく無言でいた佳主馬くんに振り返ると、不意打ちでまたキスされた。
不思議に思って見上げると、少し照れたように頬をかきながら呟くように言った。

「…俺も、今の仕事が軌道に乗ったら…。
ちゃんと千早の家にも挨拶行く。」

「……………」

「言いたい事…分かる?千早。
いや…ズルイか。…千早。」

頭を撫でられて、私は笑顔で背筋を伸ばした。

「…結婚、しよう。」

力一杯抱きしめられて、私も背中に手を回した。
溢れて来る涙は、佳主馬くんの服で拭いておくとする。

「……うん。大好き、佳主馬くん。」

「…俺も。…絶対、幸せにするから。」

その時の佳主馬くんの笑顔は、絶対忘れられないと思う。
今日までで見た中で一番、一番優しい笑顔だった。

その後私達は、夕飯の席で婚約を発表したり。
大泣きした夏希とそれに慌てたように告白した健二くん。
そんな二人と私達にあてられちゃった佐久間くんと、幸せそうに、安心したように笑ういっちゃんと理一さん。
そしてやっぱり自分の事の様に喜んでくれて、いっちゃんと理一さんと私達の前祝いだって、また皆で笑った。

そして季節は過ぎて、私の24歳の誕生日の日。
6月の25日。
会社を上げての結婚式の日がやって来た。

「…千早!おめでとう!」

笑顔で駆け寄って来てくれたのは、もちろん夏希といっちゃんだ。
二人とも今日は淡い色合いのドレスに身を包んでいて、いつもよりも大人っぽい。

「ありがと、二人とも。
いっちゃん、先に式挙げちゃって…ごめんね?」

「安心しなって、私は理一さんと籍入れただけでもう充分なんだから。」

「それって結婚式のドレス着るのが嫌なんじゃなくて?」

「…切りこんで来るな、今日は。」

夏希の言葉に苦笑して、改めて振り返ったいっちゃんは感慨深げに頷いた。

「やっぱり似合ってるよ、千早。
街が居なく可愛い。」

頭を撫でられて、隣に居た夏希が「髪が乱れるでしょ!」と言いながらいっちゃんの腕を退ける。

「千早、大丈夫?式前逃亡なら手伝うわよ?」

「…ついさっきまでお祝いモードだった奴の言うセリフじゃないよソレ。」

次はいっちゃんが呆れたように笑った。

「…大丈夫。そんな事しないよ。
これ以上佳主馬くんを待たせたくないし。
…なにより、私が楽しみだったの。」

二人に微笑みかけて、正面の鏡に映る自分を見る。

真っ白なウェディングドレスも、綺麗に飾られた花束も、左手の指に光るこの指輪も。
今から私は佳主馬くんの物になるんだって。
いつもよりも念入りにしてもらったこのお化粧も、身長さがあり過ぎて少しでも佳主馬くんと同じ目線で世界を見たいと願って履いているこのヒールも。
全部全部、佳主馬くんの為だから。

「沢山待たせちゃったし、私…早く佳主馬くんに全部あげたいんだ。」

出会いも違いも全て受け入れて、この先の未来を一緒に行きたいと思った。
いつも支えてくれている佳主馬くんを、私が支えてあげたいと思った。
料理が上手になった佳主馬くんと、もっと沢山の料理を作ってみたいと思った。
佳主馬くんの作るゲームを、私もしてみたいと思った。
ozの世界を引っ張っているキング・カズマのプレイヤー、池沢佳主馬の側に居たいと願った。

「本当に…綺麗になったよ、千早。」

「これじゃあ佳主馬にはもったいないくらい。」

「そうかな?私、佳主馬くんに吊り合って見える?」

笑って聞くと、二人は揃って「もちろん」と頷いてくれた。

「おじさんやおばさん、佐久間くんももう式場に着いてるよ!」

「千早のお父さんもお母さんも、来てるって。
…扉の外で、アンタの旦那もやきもきしてるみたいよ。」

いっちゃんはそう言うと、親指をドアの方へ向ける。

「…分かってるんなら早く出てくれない?」

扉のその声は、紛れも無く佳主馬くんだった。
不機嫌さが全開でにじみ出てるのは、多分いっちゃんの言葉に対してだと思う。

「はいはい、分かったわよ。」

「じゃあ千早、また後で。」

二人は苦笑したまま扉の向こうで一言二言佳主馬くんと言葉を交わすと、もう声は聞こえなくなった。
そして入れ違いで入って来た佳主馬くんの恰好に、私は立ち上がって抱きついた。

「すごい!さすが佳主馬くん、似合うね!」

「その言葉、そっくりそのまま千早に返すよ。
すごく似合ってる。可愛いよ。」

「佳主馬くんも、恰好良いよ。」

しばらく抱きあってから、どちらとも無くため息をついた。

「…今日から千早は、池沢千早になるわけだけど…心境の方はどう?」

「うーん。落ち着いてるかな?
さっきも夏希達が来てくれてたんだけど、二人の方が泣くの早そう。」

「花嫁より先に泣くのってどうなの?
まあ…確かにあの二人は別の意味で千早のお姉ちゃんみたいなものだし、当たり前っちゃ当たり前なのかな。」

首を傾げた佳主馬くんに、私はにっこりと微笑んだ。

「…まさか、SGが会社を上げて結婚式開いてくれるなんて思わなかった。」

「しかも嬉しい事に、披露宴と結婚式の二つの費用も会社も地だとはね。
…中々いい会社だとは思ってたけど、社長ってばどこの金持ちだってくらい俺達の事に関して金使うの好きなんだから…。」

ため息をついた佳主馬くんに吊られて、くすくす笑う。

「…いい人だよね、社長さん。」

「いい人だよ、本当。
…うん。売上でこの恩は返そう。」

「そうだね!よーしっ、私も頑張っちゃう!」

抱きついたままガッツポーズをして、少し話して佳主馬くんは新郎用の控室に帰って行った。
向こうには健二くんと佐久間くん。
SGの会社の人達や、陣内家の人達がこぞって冷やかしに来ているみたいだ。

「…なんだか、あっという間だったなぁ。」

佳主馬くんと出会って、約6年と言ったところか。
6年間は短くも長い時間だったが、本当に充実していた。
私達はすごく長い時間を、これからも過ごしてくことになるだろう。
そしてそんな私の横には佳主馬くんが。
佳主馬くんの隣には私が。
そして周りには夏希や健二くん。
いっちゃんや理一さん。
陣内家の皆さんが居るんだ。

今までの事は、永遠に私の心の中で眠っている。
楽しかった事しか浮かばないけど、それもきっといつかは笑い話として後世に伝わるんだろうな。

「…全部、栄さんが居てくれたからこその縁だよね?」

部屋の隅に置かれている栄さんの写真は、万理子おばさんが「きっと、見守っていてくれてるわ」と言って残して行ってくれたもの。
その写真を持って、私は微笑みながら宣言した。

「栄さん。今日、私…佳主馬くんのお嫁さんになるんです。
辛い事も楽しい事も、全部佳主馬くんとはんぶんこするんです。
泣いたってケンカしたって、二人でご飯を食べて仲直りするんです。
…だから、どうか見守ってて下さい。
今までの私達と、これからの私達を。」

心からの笑顔を、栄さんに届けます。

私は写真を鏡台の前に置き直すと、ノックされた扉を開けて式場へと進んだ。

「…幸せになります。」

にっこりと微笑んだ様に見えたのは、私の目が悪いからとかじゃないと思う。








fin.

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