小説/あまつき

□tie〜結び方〜
1ページ/1ページ

新しいスーツ、アイロンをかけたYシャツ、珍しくちゃんとセットした髪に黒い革靴。高校を卒業し無事大学に通えることになった六合鴇時18歳の入学式。

高校までは学ランだったから、ブレザーというのは彼にとって初めて。そして私服でも使うことなんてなかったネクタイはまた少し大人になった証のようだ。
もうそろそろ家を出なければ。後は自分の好きな紺色をした長い布切れを首もとに締めるだけだ。それを首にかけていざ結ばんとした鴇時は固まった。
『わ…わかんない…』
そうなのである。生まれてこのかたネクタイなんて結んでこなかった鴇時は今更になって己が結び方を知らなかったことに気付いたのだ。

『あーそういや俺の周りの大人ってネクタイしてる人いないよな。誰か1人くらい普通のリーマンがいたっていいのに』
さぁどうしようと途方にくれた。時間も迫ってきたため、体だけは玄関にある。
『見栄はんないで元からできててパチンってはめるやつ買えば良かった。そもそもあの逆三角ってどうなってんの?どうやったらあんな縛り方になるの?』
体は停止しているが頭の中はフル稼働だ。さっきからどうしようとどうしてが交互に渦巻いている。

最終的に、会場で誰かわかる人に教えてもらおうと決めた鴇時はドアノブに手をかけた。同時にピンポーンとインターホンが鳴る。誰だか確認するのが面倒で、鴇時はそのままドアを開けた。
「うぉ!」
押してすぐに開いたドアに驚いた声をあげたのは紺だ。

今春から同じ大学に通う、鴇時の恋人である。同じ大学というのは鴇時の努力の賜物。紺が受けると言った大学のレベルに達するよう必死に勉強したのだ。将来がはっきりしていないため学科は別々となったが、キャンパスが同じなので問題はない。
「あ、おはよー篠ノ女!」
「…おはよー。インターホンに出ずにいきなりドアを開けるたぁ酷ぇじゃねーか鴇君」
ヒクリ、と片眉を器用にあげながら紺が挨拶を返す。
「だいたい俺だから良かったものの、知らない奴だったらどうするつもりなんだ!!何か事件にあってからじゃ遅いんだからな」
くどくどとまるで母親のように説教を始めた。

そんな紺も今日はスーツ姿。
すらっとした立ち姿にしっかりと締められたネクタイがかっこいい。なんてぼんやり見つめていた鴇時はネクタイ1つ結べないことが恥ずかしくなり、首にかけていたそれを後ろに隠した。鴇時のごそごそした動きを見咎めて紺が説教をやめる。
「おい、ちゃんと聞いてんのか…―って鴇、お前ネクタイどうした?」
目敏すぎるのも困り者だ。
「……えーっと」

できないと素直に言いづらくて視線を横にずらす。
「まさか買ってないとか?」
「いや、そんなんじゃないんだ!あるんだけど、うん」
要らぬ心配をされては困るととりあえずの弁解をする。
「ふーん。ならどこにあるんだよ?」
紺が誤魔化しを見逃すはずもない。観念した鴇時は後ろに隠したネクタイを見せる。
「あるのになんでしないんだ?」

核心をついてくる紺の言葉にうっと鴇時がつまる。
「や、あの、暑かったからさクールビズだよ。クールビズ」
流石に無理があったか、と思ったがもう遅い。にやりと人の悪い笑みを浮かべた紺がへぇ〜と言った。
「クールビズねぇ。4月も始まったばっかでまだ長袖でもしかしたら上着が必要なくらい肌寒い日にクールビズねぇ」
言いながらも紺はにやにやし続ける。

「な、なんだよ悪いか!俺は暑がりなんだよ!!」
もはや子供の言い訳と思いながら素直に言ったら負けな気がした鴇時はぎゃんと吠えた。
「初耳だな。暑がりなら今度からヤるときは始めっから全部脱げよ」
「ちょ、そういう話じゃないだろ!?」
鴇時はおかしな方向に曲がりかけた話の軌道修正をする。
「ったく、いい加減認めちまえよ。ネクタイできないんです。ってな」
「!!」
見透かされてた驚きに口をパクパクと開閉する鴇時。
「分からないとでも思ったか。お前は分かりやすすぎなんだよ」
「失礼な!それじゃあ篠ノ女は自分でできたのかよ!」

篠ノ女に限ってそんなことはないと思いながらも、誰かにやってもらったり、元から結んであるものを使っている可能性がないわけでもない。
応える代わりに紺は自分のネクタイに手をかけ、しゅる、とほどいた。鴇時が手元を確認する前にささっと元の形に結び直していく。
「凄い…」
つい素直な感想が口から漏れてしまい、はっとする。
「いつもなら丁寧に教えてやるところだが、もう時間がない。ネクタイ貸せ」
言外に俺が結んでやるという意味を含んで紺が手を出す。18にもなった男が同い年にネクタイを結んでもらうなんてと己の情けなさを思ったが、今は仕方ない。

それでもすぐに渡すのは躊躇われて差し出した手を開かない鴇時。それを無言で抜き取った紺は鴇時の肩を掴んで引き寄せ、慣れた手つきでネクタイを締めた。

顔が近くて心臓の動きが大きくなる。だが、鼓動の大きさを恥ずかしがる前に目の前にあった顔はさっと離れてしまった。
きちっと自分の胸元に収まったその布を、形を確認するように手でなぞる。
「あ、ありがと」
ボソッと呟いた鴇時に
「時間ないからもう行くぞ」
と腕を引っ張って行く紺。
これから4年間一緒に通えるのだという嬉しさに、鴇時はへへっと笑って愛しい人の後をついて行った。




*****
…Twitterでネクタイには萌えがあるという発言からできたものです。形になるまでに随分と時間が(汗
そしてこれだとただの仲良しさんというorz
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ