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□腕相撲
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「シンジ!腕相撲しようや!」

ある日の昼休み、いつもと変わらず強く照りつける日差しと耳をつんざくような蝉の合唱に辟易しながらもなんとか退屈な午前の授業をこなしてお弁当も食べ終わって一息ついていると、トウジが意気揚々と手を出してきた

「…うでずもう」
「せや!いくらのシンジとて腕相撲くらい知っとるやろ?」

軽く馬鹿にされた気がしたけれど、それは流しておいて
腕相撲。互いに手を組み、肘を支点として自分の腕を先に内側へ倒した方が勝ち
単純な力比べだ

「やろうや!な!」
「いいけど、でも…、」

よく華奢だ軟弱そうだと揶揄られる僕だけれど、違う事なきエヴァのパイロットなのだ
握力も腕力も、体力ですら普通の中学生とは格段に違う
自慢とかそういうのじゃなく、現実として受け止めざるを得ない事実だった
だから、幾らバスケットで鍛えているトウジでも痛い思いをしてしまうかもしれない

僕はそれが怖い

たかが遊びでもされど遊びなのだ
不意の事故があるかもしれない
それに、クラスの皆から奇異の目で見られるのがとてつもなく怖い
見るからに力の無さそうな僕が腕相撲でトウジに勝利してしまったら、
そう考えると背筋がすっと冷たくなった

黙っている僕をどう思ったのかは判らないけれど、トウジが少し強引に僕の手を取った
意識を彼方へ飛ばしていた僕はその行動にびくりと肩を揺らし、目の前で目を爛々と輝かせている友人を見た

「本気でかかってきぃや!手ぇ抜いたら承知せんからな!」
「…う、ん」

正直、とても乗り気ではない
怖いし、何よりクラスの男子が殆ど僕らの回りに集まってきていたのだ
こんな状況で本気なんか出せる訳がなかった

どうしようと視線をさ迷わせていると、レフェリー役を買って出たケンスケが僕の肩を叩き、トウジに目配せをしてから

「大丈夫だって。そこまでトウジもヤワじゃない。この一回だけでいいから、本気でやってみなよ。シンジが心配してることはないからさ」

と一言
そして僕とトウジの組んだ手の上に手を静かに起き、

「レディ、―――ゴー!」
と、高らかに声を上げ、手を離した



結果から言うと僕の圧勝
さっきのケンスケの言葉で吹っ切れたのか、本当に本気でやってしまった

トウジとクラスの中は静けさに包まれた
僕はやっぱり、と視線を伏せた
結局引かれてしまったじゃないか、そう僕がぐるぐると黙っていると、急にトウジが笑いだした
僕はびっくりして顔を上げた
笑いすぎて涙目になっているトウジはまだ収まらない笑いにお腹を押さえて言った

「ほらな、やっぱりお前はお前で気付いてないホンマもんに優しい奴や!」


それから僕らのクラスでは腕相撲が大流行した
トーナメントまで組んで、他のクラスからも何人か参加して『誰がシンジに勝てるか』なんて言って



あの日、本当に訳が解らなくてリツコさんにどういうことなのか、あった事を話してから聞いた
曰く、

「あなたはもう自分の力が自分で制御出来るようになっているのよ。本当に本気でやったならそのお友達は脱臼か、酷くて骨折はするはずだもの。…その様子、気付いてなかったのね?」
勿論エヴァに乗って使徒を相手にしたら違うでしょうけれど、
とあっさり答えられてしまった



今日もクラスの優勝者が僕に勝負をしてくる
僕は握り合う右手の感触にくすぐったくなりながら、無敗記録を塗り変えるのだ
 

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