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□モイラの祈り
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 風間 仁の名前を聞いて思い出すのはもう顔も声も姿も思い出せない私を以前飼っていた男の人の事だ。私を駒にした人であり、私を一八さんに巡り合わせてくれた人。彼はそう、風間 仁の部下だった。憎むべきなのか感謝するべきなのか。

 確かに彼は私を駒として扱いはしたが、それは私がそう扱われるように生み出されたからだ。

「一八さん。私はきっと5年も生きられません」

 話さなければならないと思いながらもすっかり忘れていた事実を口に出す。一八さんは訝しげに私を振り返った。一言目で彼が私をちゃんと振り返ってくれるとは珍しい。そんなに私の言葉が意外だったのだろうか。

「どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。私はあと5年の内に死んでしまうんです」

 ますます眉間に皺を寄せてしまった一八さんに、昔話をしましょうと声を掛ける。彼はイエスともノーとも答えず、ただ私の目を見つめていた。

 私はもともと中流の一般家庭に産まれたただの子供だった。けれど私が一歳になる前、両親はとある事故で亡くなった。孤児となった私を引き取ったのは三島財閥が経営する孤児院だった。ところがこの孤児院は、孤児院の子供たちを使って表には出せない実験を行う実験施設だった。実験の内容は『自己修復能力の上昇』。つまり、即死でない限り生存する事のできる戦闘員を排出するための研究を行っていたのだ。実験は成功とも失敗ともつかない形で終了した。確かに自己修復能力である治癒力が高い個体を造り出す事はできたが、皆短命であったのだ。細胞分裂にはヘイフリック限界というものがある。これは細胞分裂を行える回数に限りがあるという意味だ。少し専門的な話になるが細胞にあるテロメアと言う、言わば細胞分裂をするための回数券のようなものである。これは細胞分裂を繰り返す事で消費する。傷を治すには細胞分裂を行う必要があるのだが、これを強化する事で通常より細胞分裂回数が極端に増え、当然テロメアの消費も激しくなる。これによって細胞分裂を行えなくなる限界、ヘイフリック限界に到達し死亡する個体が多かった。私は実験体の中では一番年下であり、あまり活動的ではなく怪我をするような事がなかったため、また元々テロメアが長く死んでいった兄弟たちよりテロメアが温存される傾向にあった。一番年上だった兄弟や、過去に大きな怪我をした兄弟は誰よりも早く死んでしまった。生き残った兄弟たちも私同様駒として扱われ、短い人生に幕を引いて逝った。残っているのは私だけ。

「先程言いました5年というのは、この先瀕死に至らなかった場合のタイムリミットです。…私は、25歳を迎える事はありません」

 一八さんは何も言わなかった。そしてやっと口を開いたと思うと、一言くだらないと言った。

「俺がお前を5年もの間飼っていると思うのか?思い上がりだな」

 今まで黙り込んでいた一八さんがそう吐き捨てた。それに微笑む。やはり彼は私が望む答えをくれる。本人はそんなつもりはないのかもしれないが、少なくとも私はそれを優しさだと捉えている。ただ甘えさせてくれるだけを優しさだとは私は思っていない。腫れ物を触るように扱われるのはご免だ。一八さんの厳しさは私にとっては大切なものなのかもしれない。何だかんだと前の私の持ち主の男の人も、その更に前の研究員たちも、私を傷付けないようにと反吐が出る程甘く優しい人たちばかりだった。

「私、一八さんならそう言ってくれると信じていたんです」

 私は一八さんに捨てられては生きていけない。けれど、だからと言って優しくされたい訳でもない。ただ、彼を愛する事さえできればそれで私は幸せだ。

 既に私への関心がなくなって通常運転に戻ってしまった一八さんの横顔を眺めながら、やはり私は彼と出会えて良かったと、もう顔をも忘れてしまった憎むべき人に感謝した。


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