series

□屋烏の愛と屋烏の憎
1ページ/1ページ

 この聡明な少女の盲目的な程の一八への愛はどこから生まれてくるのかと、仁は不思議であった。それを彼女に尋ねると、彼女はとても丁寧な言葉で自分の全てだからだと言った。それがおかしいと思う。全てと言ったって、彼女は一八に飼われていただけだ。それも幼い頃からと言う訳でもなく、つい最近知り合った男を全てというのは、聡明な彼女らしくない。仁自身も彼女の事はよく知らないが、しかし彼女が恐ろしく先を見据えている事は手元に置いて数日で理解した。だからこそその違和感はとてつもなく大きなもののように思えた。

「私には一八さんが必要なんです」

 何故、と尋ねたところで彼女の言葉の意味は変わらない。必要だから必要なのだ。人間は何故生きているのか、という問いに、生きているのだから仕方がないと答えるようなものだ。仁はそれをよく理解している。

「一八はお前を必要としているのか」

 まさか、と少女は答えた。

「一八さんは私のような小娘を必要とはしません。それは、神様にお金が必要かと訊くのと同じですよ」

 それを聞いて仁はまた少し少女の事を学んだ。一八は彼女にとってはつまり、神にも等しい存在なのだ。神の如き存在である一八だからこそ何をされても許す事ができる。愛する事ができる。盲目的な程に信頼できるのだ。いや、彼女の視点から見れば愛する事や信頼する事は当然の事であり、さらに言えば許すという事はそれ以前の話で必要のない事なのだ。神を許す必要がないように。

 彼女にとっての一八は、世界の全てと等しい。

「一八の事を愛しているのか?」
「はい」
「…自分の事は愛しているのか?」
「必要がありませんから」

 少女は小さく笑った。盲目的だと仁は思う。彼女の愛はとても広く深い。屋烏の愛と言っても足りない程だ。その見返りが例えなかったとしても、だ。

 彼女と一八の間には一体何があると言うのか。考えれば考える程、ただの体の関係とは思えない程の愛情を注ぐ彼女への疑問は解消される事なく頭の中を回る。愛の深い少女を抱けば何か分かるかとも考え少々強引に抱いてはみたが、彼女の体が思いの外綺麗であった事と悲しそうな泣き顔しか分からなかった。

 恐らく仁が少女を理解する事はないだろう。彼は一八を憎みはすれど、愛する事などできないのだから。また、少女も一八を愛せども、憎む事ましてや彼と対立する事などできないのだから。

 同じ屋根の烏を見たところで、その視線の意味は全く違うものなのだ。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ